デーブが汗を拭きながら答える。
「そういえば、短い通信の話は聞いたことあるよ」
ピエールが話に割って入る。
「企業の探索目的で使ったのではないか、という話をウクライナで聞いた。これも通信を行った後、自分で自分を消去するプログラムのようだけど、このプログラムがどこまで企業内のネットワークに侵入できるかベンチマークしていると考えている。これによってターゲットの企業への侵入経路やネットワークや機器の配置を収集しているのだろうね」
鯉河が質問する。
「そのケースでは犯罪者側のプロファイリングはできたのですか?」
ピエールが答える。
「相手がウクライナということを考えると、ロシアと考えるのが自然じゃないかな。もちろん、ロシアにぬれぎぬを着せようとする勢力かもしれないが。いずれにせよ、犯罪者側のエコサイクルができているというのは知ってると思うけど、仮に本来の依頼元が国としても、絶対に依頼元がバレないように何重にも偽装しているはず。実際の検挙でもそうだけど、実行犯は捕まえられるけど、本当の黒幕までには行き着かないのが現状。難しいね。特に友好国の場合には国際間で情報の共有や検挙まで連携できるけど、そうでない場合には手が届かない場合も多い」
デーブが口を挟む。
「本気で狙うならば国が資金を出してハイテクなウイルスを作り出すだろうね。資金の出資元は公表せずに。残念なことに、そういう世界のハッカーは存在する。大きなシンジケートだね」
――鯉河が説明したインシデント案件の考察、仮説とした犯人像の照合と世界で起きている犯罪のマッチング、その他、世界で暗躍するシンジケート、最新の手口などの情報を交換し、会議は終わった。
「ありがとうございました。これからも情報の共有やEUとの調査協力についてもよろしくお願いします」
鯉河は丁寧に礼を述べた。
ピエールは応える。
「どういたしまして。調査協力の件、承りました。ユーロポールにも連携しておきます。それと、小堀にもよろしくお伝えください」
「承知しました。このようなつながりがあるとは思ってもみませんでしたので、小堀も喜ぶと思います」
「それではいきましょうか」
デーブが鯉河に声を掛けて送迎の車の用意をする。
「ちょっと電話をかけさせてください」
鯉河が電話をかける。携帯電話には十手のアクセサリーが付いている。
「見極(みきわめ)か。鯉河だ。今、終わった。ああ、そうだ。お前の推測はだいたい当たっている。識目の情報も役に立った。え? だいたいってどういうことかって? 細かいヤツだな。十中八九ということだ。手口、動機、規模から言って、ロシアの国家に雇われたシンジケートからの攻撃だろう。目的は天然ガスとの政治的なバランスによるものだ。極東開発や北方領土に大きく関わるからな。そのシンジケート内の開発者グループの中に、最近売り出し中のロシアの天才ハッカーがいるらしい。17歳の女だそうだ。このあたりはうわさにすぎないが。ん? ああ、そうだ。ユーロポールとは協力してもらえることになった。大丈夫だ。今度はオランダに出張することになるかもしれないがな。あとの細かいことは帰国してからだ」
鯉河は電話を切って言った。
「お待たせしました。それではお願いします」
鯉河とデーブは車に乗り込み、チャンギ空港へ向かう。
「鯉河さん。携帯電話にしゃれた飾りが付いていますね」
「ああ、これですか。十手です。私の家系は江戸時代の火付盗賊改方から代々、このような職に就いています。本物はさすがに持ってきませんが、気構えとして付けているわけです」
――デーブは欲しそうに十手のアクセサリーを眺めた。
「大変お世話になりました。本当に来てよかったです」
鯉河は丁寧に礼を言った。
「それではお気を付けてお帰りください。私が日本にいくときには御社を訪問させていただきますので、よろしくお願いします」
「ぜひ、お待ちしています」
デーブのあいさつに再び礼を言い、鯉河はチェックインカウンターへ向かった。
日本ではキンモクセイの香りが繊細な心を刺激したが、ここは赤道直下だ。蘭をはじめとする華やかな自然が主張し、ハイテク施設の空港内にとけ込んでいる。自然に対する感性は異なるが、自然と文化が美しく融合しているな、と鯉河は感じた。
【第10話完 第11話に続く】
イラスト:にしかわたく
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.