女性陣は、つたえ、メイ、守社、啓子の順に入っていった。
「つたえ、タオルは湯に漬けちゃダメよ。テレビの撮影じゃないんだから」
つたえは啓子に注意されたが、気もそぞろで、露天の広さに感動している。
「わあ、空が高いし、紅葉も始まってる。囲いが邪魔だけど気持ちいいー」
つたえがはしゃぐのを守社がたしなめる。
「囲いを取ったら向こうから丸見えになるじゃない……この子は……」
守社の言葉を無視するように、つたえはひろい露天をざぶざぶと歩き回っている。
一方、メイは手足をぐっーと伸ばして言う。
「でも本当に気持ちいいですね。日頃のストレスが流されるよう」
啓子も手を大きく伸ばして言う。
「ほぐされるーっ! 全く、ずっとこのままでいたいわ。こうやってのびのびしていると、チマチマした社員対応で悩んでいることがばからしくなるわ」
啓子の言葉に、守社が顔を向けて言う。
「啓子さんとこんな感じで話すのは、初めてかもしれませんね。私もITのことはよく分からないときもありますし、セルフアセスメント担当なので、人相手の仕事がほとんどです。こんな私でも『CSIRTに絶対に必要で、重要な役割なんだ』と、前に折衷さんに諭されたんですよ」
啓子は意外な顔をして聞く。
「折衷さんに? あの人、おやじギャグ以外にそんなにまともなこと言うの?」
守社はお湯から身体を出し、湯船の中にある岩に腰掛けて言う。
「そう、私にとっても意外でしたが、あの人、実は熱いんです。諭されたとき、正直、『このおやじ、ちょっとカッコいいな』と思いました」
啓子も同じく岩に腰掛けて紅葉を見ながら言う。
「私も教育で行き詰まっていたとき、善さんからアドバイスを受けたわ。ああいう年代の人って、あらゆることを幾つも経験してきて長屋の長老のようになっているのね。もうすぐ定年だそうだけど、貴重な知恵袋よ」
守社は懐柔の顔が長屋の長老のイメージと絶妙に合っていることに気付き、笑みをこぼした。そして、同じ気持ちを持っていると分かった啓子に言う。
「お互い、人相手という難しい仕事だけど、いろいろ協力しましょうね」
「こちらこそ。あー、気持ちいいわ。今日は仕事のことはぜーんぶ忘れて楽しみましょうねー」
啓子と守社は岩から降りて、再び、ざぶりと温泉に漬かった。
男性陣は、折衷、潤、道筋、明徴が勢い良く露天に飛び出した。
「うっわっ! 本当にハイキング道路から丸見えだ!でも広くて気持ちいー!」
潤が感動しながら声を発する。
「まぁ、男の場合はどうでもいいので、囲いで閉ざされるよりも、紅葉の広大なパノラマ景色が見られたほうがいいよね」
折衷の言葉に潤が答える。
「その通りですね」
道筋と明徴が何か話している。
「明徴はどうしてこの道に進んだんだ?」
明徴が答える。
「実家はもともとお寺だったんですが、最近はお寺もIT化が進んでいます。ちょっと前に、梵字フォント付きの『卒塔婆プリンタ』って流行ったの、ご存じですか? もう、お寺も文明開化ですよ」
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.