深淵が静かにつぶやく。
「こいつ、踏み台のPCから何かのプログラムをまいているようです」
見極が深淵に言う。
「悟られないように、まいたプログラムを分離して、行動を確かめろ」
しばらくして深淵から報告が来る。
「プログラムはまかれた後、しばらくしてから時刻起動で立ち上がり、インターネット側に短い信号を投げます。データとしてはIPアドレスやPCの緒元の一部です。それ以外は何もしません」
虎舞が喜びに満ちた顔で声を上げる。
「これ、春先のヤツや。どこから来とるか分からんか?」
鯉河が答える。
「警察もモニターしているから、追えるだろう。証拠保全もされているので、詳細な分析もできる可能性は高い」
見極が言う。
「コイツは犯人グループの先鋒役を務める侵入者だろう。春先の事案を追跡調査していたところ、過去にも類似の手口が重要なインフラ業者への攻撃に使われていることが分かった。その手口とは、ソフトウェアの自動アップデートを利用し、アップデートプログラムの中にウイルスを潜り込ませて侵入させるものだ。
このウイルスは、8時間に1回、侵入に成功した機器のユーザー名、ドメイン名、ホスト名などの基本情報を外部に送信する。外部でそれを待ち受けている輩はその内容を確認し、『攻撃に値する』と判断した場合にはさらにウイルスを送り込み、遠隔操作する。
最初のきっかけになるソフトウェアのアップデートには正規のデジタル証明書が使われており、非常に技術力の高い集団であることが分かる。春先にわれわれが見た、針のような短い送信というのはこの基本情報だろう。手口が似ている以上、今回の犯人グループはその輩となんらかのつながりがあると思う。もっとも今回はパラレルワールドのダミーデータなので、搾取しても役に立たないだろうがな」
志路が思わずつぶやく。
「クソッ、ダミーデータに追跡装置やウイルスを仕込んでアイツらを壊滅させてやりたいくらいだ」
メイが制止する。
「それはダメです。法律違反になります。我慢してください」
見極が言う。
「なんだ、ワイスみたいなことを言うヤツだな。大丈夫だ。俺もやりたいのはやまやまだが、志路も分かっているぞ。しかし、警察が乗り込んで、このダミーデータが犯人のPCから発見されれば動かぬ証拠となる」
メイがほっと息をつく。
鯉河が続ける。
「ここまで状況が観測されれば十分だ。後は警察の仕事だ。任せよう。識目、データを頼む」
識目は鯉河の方を向いてうなずいた。
――メイは目の前で繰り広げられる出来事が未来の警察の捜査のように思えた。なんてすごい人たちなんだろう。
「メイ、見たか? ニュース。この前の調査の件、警察が捕まえたらしいで」
虎舞が部屋に入るなり大声で話す。
「メイさん、でしょ? 見たわ。すごいわね」
「またそれか、まぁ、ええわ。で、ワイらのCSIRTってひょっとしてすごいんとちゃうか?」
虎舞の言葉にメイが反応する。
「そうね。すごいと思うわ」
メイは素直にそう思った。
栄喜陽潤(えいきょう じゅん)が続けて言う。
「ニュースに出ていた警察官? ちょっと変わった服装してましたよね。最初はコスプレかと思って、お笑いのニュースかと勘違いしましたよ。あのマニータという警察官、日本人でしょうか? フィリピンっぽい感じもするし、ミニスカポリスの制服に赤い眼鏡って、コミケじゃないんだから」
つたえが応える。
「あ、あの人結構有名人で知ってます。講演でも見たことあるし。『赤い眼鏡は萌えに必要な必須アイテム』とか言ってましたよ。腰にも赤いガラケーをスカートに挟んでるでしょ。あれ、振動モードにしておくとコールを見逃さないので良いと言っていました。もっとも、マニータさん以外にそんなことしている人、見たことありませんが」
場が和み、皆に笑顔が見え始める。
メイが言う。
「でも、今回捕まった犯人は単なる実行犯よね。悪の組織には実行犯に指示を出す役や本当の意味での黒幕もいると聞くわ。根絶するためには先が長いわね」
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