志路が口を挟む。
「メイ、お前は国と戦うつもりか? そこまではやらなくていい。今回は、実行犯が検挙されたということが、ヤツらの組織内で共有される。こちらの手口が分からない限り、しばらくはヤツらも手を出してこないだろう。抑止力としては十分だ。
もし次に手を出してきた時には、道筋の仕掛けでさらにヤツらのプロファイルが詳細化できる。俺は、道筋が用意したパラレルワールドのおもちゃが手に入ってうれしくて仕方ない。早く次が来ないかとワクワクしている」
宣託(せんたく)かおるがあきれる。
「全く、この人は」
笑顔の輪がさらに広がった。
皆、顔が輝いている。
見極と山賀が話をしている。
「見極さん、すごいわね。実行犯検挙したんだって?」
見極は焼酎をロックで飲みながら答える。
「検挙したのは警察だ。俺たちは捜査協力しただけだ」
続けて言う。
「メイからワイスのことを聞いた。あの女、口は悪いがそんな考えだったとはな。意外だった」
「あー、そうよね。お父さんがひまわり海洋エネルギーの法務部長だったこともあって、何か皆と話すのに素直になれないのかもしれないわね。ツンデレかしら。もっともデレているのは見たことないけど」
山賀がフォローした。
見極が続ける。
「そうでもないぞ。この前、この件について『ありがとう。助かる』と礼に行ったら、『と、とんでもないわよ。当たり前のことよ!』と赤い顔をして慌てていたぞ。でもその次が良くなかったな。『そういえば、モーツァルトでもレクイエムという曲にはトロンボーン出てくるわよ。今度やってみたら』だと。俺も知っているが難曲で有名な曲だ。せっかくお礼を言っているのに、なんで余計なことを言うかな」
山賀はプッと吹き出した。
見極がさらに続ける。
「そんなことを言うものだから、俺も『ワイスもショスタコーヴィチのバイオリン協奏曲でも弾いてみるといいぞ』と返してしまった。大人げないな。この曲はプロでも難しい超絶技巧の曲だ」
山賀は大笑いして答える。
「あいかわらず、例えが分からないけど、性格が似てるわ。どっちもどっちね」
見極も釣られて笑っている。
交響楽。
それは、縦のリズムと横のハーモニーが織りなす夢の世界だ。
ソロパートが超絶技巧で魅せれば、全合奏でしか表現できない場面もある。
メロディを支えるのは中音パートの美しい和音、そして、低音パートの確実なリズムだ。
そこに無駄な音は一つもない。
それぞれの楽器の特徴や個性を生かし、総合的に最高の演奏を引き出すのがメイの仕事だ。
CSIRTオーケストラのそれぞれのパートをまとめ上げ、指揮をする。
皆が走り過ぎないように手綱を締めながら、時には自由奔放にチャレンジする。
守ることも、積極果敢に攻めることも必要だ。
演奏者の得意、不得意な分野はあるとしても、今は演奏者を信じて任せることもできる。
うまく皆の音を組み上げられれば、糸を張りつめたような繊細な曲からドラマティックに咆哮する感動的な曲まで、自由自在に演奏できる。
CSIRTオーケストラの指揮台。そこはメイが能力の全てをつぎ込んで勝負する場である。繊細に。華麗に。そして時には大胆に。
【第13話 完 第14話(前編)に続く】
イラスト:にしかわたく
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