八剱社長に聞く、ウィルコムの現在と未来(後編)神尾寿の時事日想(特別編)(1/2 ページ)

» 2005年11月22日 11時46分 公開
[神尾寿,ITmedia]

 音声定額プラン(3月15日の記事参照)で大きなインパクトを与え、順調に契約者を増やしているウィルコム。2005年に続き、2006年はどのような戦略を立てているのか。前編に続き、ウィルコム社長の八剱洋一郎氏のインタビューをお届けしよう。

ウィルコム社長の八剱洋一郎氏

 ウィルコムは携帯電話キャリアとは異なるターゲットを持っている。最も特徴的と言えるのが、1人で2つ以上の回線契約を前提とし、それを狙う「2台持ち」戦略だ。音声定額などウィルコムの訴求力あるサービスも、よく見ると2台持ちでも維持しやすいプランとして作られている。

 「我々は“2台持ち市場”というものに着目し、様々なデータを取っています。例えばウィルコムの加入者で見れば、50%以上のユーザーが今でも2台持ちです。今後、W-SIMを使ったW-ZERO3のような端末を投入していけば、ますます2台持ちユーザーは増えていくでしょう」(八剱洋一郎・ウィルコム代表取締役社長)

 八剱氏によると、日本とは異なる理由ではあるが、中国市場でも携帯電話と中国版PHSである小霊通の「2台持ち」が増えているという。中国では携帯電話に着信料金がかかるため、着信無料の小霊通を“待ち受け”で使い、発信は携帯電話で行うという使い分けだ。「日本のPHSは発信で使っていただく形が主流ですが、中国でも2台持ちが増えているのは興味深い」(八剱氏)。携帯電話とPHSは料金体系やサービスが大きく違うため、相互補完的な2台持ちが狙いやすいようだ。

法人データ市場は激戦区

 今年、音声定額で話題をさらったウィルコムだが、従来から強みであるPC向けのデータ通信サービスも、定額制のない携帯電話陣営よりもリードしている。本稿前編でも掲載したように、同社が約130万のデータ通信専用契約を保有していると八剱氏は明かしている。

 「現在、ウィルコムのデータ通信サービスをお使いいただいているお客様は個人ユーザーが多いですが、今後は法人のデータ市場も狙っていきたい。法人データ通信市場は全体で年間10〜15%の成長を見込んでいます。マーケットが伸びているから、チャンスはあると思っています。しかし、ここはドコモやau、ボーダフォンも狙ってくる『激戦地域』でもありますね」(八剱氏)

 法人向けのデータ通信市場はモバイルノートPCの発達が追い風になり、MR(医薬情報間)や保険外交員などのフィールドワーカーからホワイトカラーまで、様々なセグメントで今後の成長が期待できる。ウィルコムはノートPC向けのデータ通信定額制で一歩リードするが、携帯電話キャリアとの競争は避けられないだろう。

 一方、海外の法人向けデータ通信市場の主役の座は、PalmOne TreoやRIM Blackberryに代表されるスマートフォンになってきている。この点についてウィルコムはどう考えているのだろうか。

 「日本以外の国、特にアメリカではスマートフォンが一般的であることは認識していますが、日本ではあまりポピュラーになっていない。我々はW-ZERO3でこの分野にチャレンジするわけですが、日本市場にあわせた端末が必要だと考えました。

  例えば、画面サイズですが、日本ではVGAスクリーンが必要なのではないか。PCとの親和性がビューワー的なものだけでは(日本のユーザーは)物足りないので、Windows Mobileを搭載してみてはどうか。こういった考えでW-ZERO3を作りました」(八剱氏)

 スマートフォンの市場性については、「海外でこれだけ流行しているのだから、日本で流行しないという理由はない」(八剱氏)と前向きな考え。ただし、日本に適した端末が必要なので、まずはW-ZERO3で市場の反応や要望を見たいという。

プッシュ・ツー・トークの普及には疑問がある

 ウィルコムが「音声定額」を始めたことにより、携帯電話キャリアも音声の定額サービスを無視できなくなった。ボーダフォンは特定1人に限定することで定額化する「LOVE定額」(10月11日の記事参照)を打ち出したが、ドコモはプッシュ・ツー・トーク(PTT)技術を使った「プッシュトーク」で法人向けも含む使い放題プランを用意してきた(10月19日の記事参照)。PTTは音声定額と競合するサービスになるのだろうか。

 「PTTに関しては、アメリカで同サービスを立ち上げたネクステルのCEOをやっていたダニエル・アーカソンがウィルコムの社外取締役の1人だった事もあり、我々もずいぶんと勉強しました。その上で、現時点の結論としては『PTTはユーザーのストレスがかかる』と考えています」(八剱氏)

 八剱氏が問題視するのが、PTTの「半二重」の部分だ。周知の通り、プッシュトークなどPTTを使ったサービスでは、音声メッセージがトランシーバーのように一方通行でやりとりされる。「工事現場など特殊な法人需要ならばいいかもしれないが、今の時点で、一般ユーザーがすぐに受け入れるとは考えにくい」(八剱氏)。このような事情があり、ウィルコムとしてはPTTのサービスを見送ったのだという。

 また、法人市場についても、「欧米とのビジネス慣習の違いがPTTのハードルになるのではないか」(八剱氏)と話す。

 「欧米ではビジネスの中でボイスメッセージが普及しているのですね。これは日本の留守番電話サービスとはまったく違う使われ方をしています。例えば、誰かが部内全員にボイスメッセージを一斉配信し、それに対して返信があるというような、そういう(メール的な)ボイスサービスの使い方は日本にはない」(八剱氏)

 確かに、PTTはボイスメッセージを進化させて、即時性や拡張性を持たせたものという一面はある。この素地の違いが、日本のPTTの課題になるのかもしれない。

直営の販売・サービス拠点はあえて増やさない

 目下、好調のウィルコムに、隙はないのだろうか。

 その1つとして筆者が考えていたのが、ウィルコムブランドの販売店やサービス拠点の少なさだ。携帯電話キャリアは自社のブランド名がつく専売店のクオリティを向上させたり、対面で故障対応できるサポート拠点の拡充に力を入れている。一方で、ウィルコムの拠点網が小さいのは周知の事実である。これは不利にならないか。

 「確かにウィルコムの販売・サポート拠点は少なく、社内にもそれを問題視する声はあります。しかし、仮に500とか1000店舗を全国に作ったとしても、(サービスの利用のために)お客様がそこに足を運ばなければならない。お店に行ったら今度は待たされるという事もある。こういった店舗の営業時間は昼間ですから、会社が終わってから行ったら間に合わない。翻ってみて、こういったもの(販売・サービス拠点)が本当にお客様にとって便利なのかどうか」(八剱氏)

 八剱氏が理想とするのは、24時間対応できる電話のサービスデスクやヘルプデスクの構築だ。端末の故障対応なども電話で受け付けて、翌日には新品が届くような体制にしていく。「平日昼間に直営店に足を運ぶより、電話1本で翌日には問題が解決する方が便利ではないか」(八剱氏)と話す。

 「また、(電話対応には)全国均一のサービスが提供できるというポイントがあります。店舗による拠点整備だと、どうしても地方に行くほど(1店舗がカバーする)面が広くなり、お客様の来店負担が大きくなる。サービスデスクやヘルプデスクの拡充で対応すれば、全国でサービスの質が上げられる」(八剱氏)

 コンシューマーよりも販売力やサポート対応が重視される法人市場についても、拠点整備に頼らない戦略を考えているという。

 「法人向けの基本は直販だと考えています。とはいえ、数千人の営業部隊をウィルコムが抱えるのではなく、(コンシューマー向けの)サポートデスクのように“いつでも対応してくれる窓口を用意する”ようなアプローチを考えています。例えば各法人専用の特設番号を用意して、販売からサポートまで一括で対応していく。法人顧客からすれば、そこに電話をすれば何でも解決するわけです。電話で話が済まない場合は、営業マンがお伺いする。この方が法人のお客様にとっても便利ではないでしょうか。実は法人向けの特設番号は、すでにトライアル的に始めています」(八剱氏)

 ドコモやKDDIは、コンシューマー向けはもちろん、法人市場向けとして各地域の支店や販売代理店の体制強化をしている。特にドコモは、地方の支店・販売店の営業力やサポート力が強く、地元に根ざして着実に契約者を獲得している。

 このような“人海戦術”は巨大な携帯電話キャリアならではの強みであるが、ウィルコムはそれに正面から対抗するような事はしないという。2006年に向けて、拠点網に頼らない、フットワークのよい販売・サポート体制を築くようだ。

2006年は「もう1段の成長」を狙う

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