印刷機が普及すると、やがて民主主義革命が始まった。同じようにインターネットがもたらした新たなコミュニケーションテクノロジーは、大規模に集中化されたビジネスの王国を突き崩そうとしている。個人の自由、創造性、価値観を中核に据えた組織が、規模の経済や豊かな知識の共有という大企業の利点も享受できるようになるという。マサチューセッツ工科大学スローン校で21世紀型の組織を研究するマローン教授に話を聞いた。

ITmedia 最近、日本でも出版された『フューチャー・オブ・ワーク』で、テクノロジーの進化によって情報伝達のコストが劇的に低下する中、個人の自由や創造性を中核に据えた、新しい企業組織の在り方を提唱されています。そうした研究に取り組むようになった動機を教えてください。

マローン 大学に入るとき、私はテクノロジーの発達が速すぎて社会が適合できないという問題に興味を持ち、それに取り組みたいと考えていました。17歳にしては生意気だったかもしれませんが、その後もこのゴールを常に意識し続け、情報技術(IT)が企業の組織をどのように変革するかについて研究する機会も得ました。大学では応用数学と社会科学を学び、大学院ではエンジニアリングエコノミックシステムの修士号と心理学の博士号を取得しました。

ITmedia ゼロックスのパロアルト研究所(PARC)にもいらっしゃいましたね。

マローン はい。1979年から4年間、まだスタンフォードの大学院で学んでいたときです。そのころPARCは黄金期を迎えていて、サイエンスフィクション(SF)のワンダーランドでした。今であれば当然のものが、PARCにしかなかったのです。

 例えば、きれいなフォントがCRTに表示され、レーザープリンタによってまるで書籍ような文書がそのまま印刷できるマシンも既にありました。私はそれでおばあちゃんに手紙を書いたのですが、本当にわくわくしました。

 テクノロジーがどのように進化するのか、将来どのようになるのか、PARCでは私は直感的に学ぶことができました。そのときのことは今でも役に立っていると思います。

日本企業は新世代の根回しで変革

ITmedia 著書では、テクノロジーによって会社の在り方を変革した欧米企業の事例が幾つか紹介されていますが、日本の伝統的な企業はさまざまな問題を抱え、変化に即応できないでいます。

マローン 私は日本企業に関する専門家ではありませんが、幾つかの印象はお話しできます。本では長期的なトレンドとして、企業において個人の自由がどんどん広がっていくということを書いています。過去、政治の世界で民主化という大きな変革がありましたが、ビジネスにおける個人の自由の拡大も同じように大きな意義があると考えています。企業における意思決定の権限はさらに多くの個人へと分散化されていくでしょう。ほかの諸外国よりも階層的で集中化されているとはいえ、日本の企業も例外ではないと思います。


権力を得るためには時として手放すことが最良の方法となるが、やはり大抵の人にとっては難しいだろうとマローン氏

 しかし、日本の企業は、ただ単に米国などの企業を100%模倣すればいいというのは間違いです。日本固有の良さの上に新しい組織の在り方を構築すべきです。

 幾つかの日本企業は、「クオリティサークル活動」を積極的に導入し、品質管理の分野では既に世界で知られています。意思決定の権限、創造性の機会が、より現場レベルに委譲されているは極めて重要なことです。

 近い将来、日本の企業は新しい世代のクオリティサークル活動を創造できるでしょう。そうなれば、より大きな権限が組織で働く多くの個人に委譲されるでしょう。

 また、「根回し」を活用すれば、より権限を分散化できます。時として、秘密裏に権力を維持するために利用されていると聞きますが、きっと新しい世代の根回しを創造できるでしょう。これも興味深いことです。日本の企業もより民主的なればと願っています。

技術の変革よりも組織の変革が重要に

ITmedia 情報伝達のコストがテクノロジーによって劇的に下がったことが、政治形態に変革を起こし、企業の組織の在り方も変えようとしているということですが、具体的にはITがどのような役割を演じるのでしょうか。

マローン テクノロジーは、私が本で論じているすべての意味合いのベースになっています。情報を共有する、しかもできるだけ広範に、できるだけ安く、できるだけ簡単にするためにはITが必要です。既に電子メールやWorld-Wide Webがあり、今後も間違いなくテクノロジーが進化し、より高度な情報共有のためのツールが登場するはずです。

 例えば、企業で構造化されたデータを共有するERPがあります。より多くの社員が情報を共有できるはずなのですが、実際にはそうなっていません。ここに新たなツールの必要性があります。

 また、企業が民主的な意思決定制度を取り入れたとき、社内で投票するためのソフトウェアを開発するというのはどうでしょうか。

ITmedia マローンさん自身は、ツールを開発したいと思わないのですか。

マローン 私はこれまでのキャリアの中でかなりの時間をソフトウェア開発に費やしてきました。例えば、1980年代にマサチューセッツ工科大学で、研究の一環としてグループウェアの先駆けを開発しています。電子メールのインテリジェントなフィルタリングを支援するツールで、ルールベースのエージェントといえるものです。

 また、ビジネスナレッジのリポジトリを持つオンラインツールもつくりました。「プロセス・ハンドブック」と呼ばれるもので、新しいビジネスプロセスを体系的に構築するためのライブラリとして位置づけています。ちょうど「ビジネスの周期表」のようなものだと考えてください。元素周期表では、物質世界のビルディングブロックが分り、それをベースにより複雑な化合物をつくることができます。それと同じようにプロセス・ハンドブックを使えば、基本的なビジネスプロセスのビルディングブロックからより複雑なビジネスプロセスをつくることができるという期待を持っています。

ITmedia 『フューチャー・オブ・ワーク』で提唱されていることを改めてITプロフェッショナルの立場から解説していただけますか。

マローン ITプロフェッショナルはテクノロジーをスタックとして考えます。ハードウェア、ネットワーク、OS、ミドルウェア、アプリケーション……。これまで下位層の革新がより上位層の革新を促してきたと思いますが、今やこうしたテクノロジーレベルの革新が、さらに高いレベルの革新の集合体、つまり組織レベルでの革新を突き動かそうとしているのです。

 今後数十年という長期的な視野に立ったとき、組織の革新やビジネスの進め方の革新の方が、テクノロジーレベルのそれよりも重要になっているでしょう。CIOをはじめとするITプロフェッショナルは将来、情報アーキテクトとしてよりも、組織的なアーキテクトとしての貢献が期待されるようになると思います。

『フューチャー・オブ・ワーク』(ランダムハウス講談社刊)
マサチューセッツ工科大学スローン校で「コーディネーション理論」や「21世紀型組織」を研究したトマス・W・マロー教授が、個人の自由や創造性、そして価値観を中核に据えた組織の在り方を具体的な事例を挙げて提唱する。ネットワーク社会のトップマネジメントとマネジャーのための21世紀型組織戦略論だ。

[ITmedia]

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