健康・医療分野におけるビッグデータイノベーションの動向:ビッグデータ利活用と問題解決のいま(2/2 ページ)
健康医療はビッグデータ利活用への期待が高い反面、厳格な法規制の下で情報セキュリティのリスクも高い。日本では医療介護データの有効活用によって医療費削減を図る方針が打ち出されたばかりだが、先行する米国はどのような形で取り組んでいるのだろうか。
コンプライアンス起点の健康医療イノベーションが牽引するビッグデータセキュリティ
米国の健康医療分野では、FPSのように法令順守対策が契機となってビッグデータのイノベーションが進んだケースが多くみられる。
例えば、「HIPAA(Health Insurance Portability and Accountability Act of 1996:医療保険の携行性と責任に関する法律)」では患者個人の特定が不可能となるように匿名化することやプライバシーを侵害しないことが義務付けられている。また、保護対象となる電子保健情報(EPHI:Electronic Protected Health Information)の暗号化/復号についても規定されており、患者に関わる健康医療データを暗号化して保存することが当たり前になっている。
これらの条件をクリアしながら、臨床医療データの統計分析処理を実行するために発展してきたのが、プライバシーを保護すると同時に効率的にマイニング処理を行う「プライバシー保護データマイニング(Privacy-Preserving Data Mining)」である。技術的観点からは、ランダム化することによってセンシティブなデータを見えないようにする摂動(Perturbation)、データを秘密裏に分散させた上で演算処理を行うマルチパーティ計算方式の暗号化などのアプローチが利用されており、健康医療のみならず、ビッグデータセキュリティ全般を支えるコア技術にもなっている。
ただし、健康医療データの統合・2次利用の段階(「Meaningful Use Stage 2」)を迎えた米国では、単にパーソナルデータを匿名化/暗号化し、プライバシー保護データマイニングを行っているだけでは不十分だという認識が広まりつつある。
具体的には、センシティブなデータを匿名化/暗号化して、プライバシー保護データマイニングを行っているだけでは必ずしも十分でない。例えば、データ入力ミスへの対策として開発された「レコードリンケージ」という手法を利用すれば、患者固有のIDが含まれていなくても、他のデータ項目を解析することによって患者個人を識別できる可能性がある。病気の種類(例:希少性疾患)や地域特性(例:人口構成状況)によっては、それらのデータ項目だけで患者個人を識別できてしまう場合もあり得る。
また研究目的で医療データを共同利用する場合、データを2次利用する研究者が、匿名化された個人データを再識別化できてしまう可能性もある。これらの課題解決を可能にするプラスアルファのビッグデータセキュリティ技術の研究開発に向けた激しい競争が海外ベンダー間で繰り広げられている。そこに日本発の技術が割り込むスペースを見出せるかが、今後注目されるところだ。
このように、コンプライアンス対策を起点とした健康医療のビッグデータイノベーションが進む一方で、2012年3月の米国政府の「ビッグデータ研究開発イニシアティブ(関連PDF)」でも取り上げられた医薬品・医療機器の基礎研究や臨床開発におけるビッグデータ利活用も進んでいる。
次回は研究開発/新規事業創出の領域における最新動向を紹介する。
著者者紹介:笹原英司(NPO法人ヘルスケアクラウド研究会・理事)
宮崎県出身、千葉大学大学院医学薬学府博士課程修了(医薬学博士)。デジタルマーケティング全般(B2B/B2C)および健康医療/介護福祉/ライフサイエンス業界のガバナンス/リスク/コンプライアンス関連調査研究/コンサルティング実績を有し、クラウドセキュリティアライアンス、在日米国商工会議所などでビッグデータのセキュリティに関する啓発活動を行っている。
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日本クラウドセキュリティアライアンス ビッグデータユーザーワーキンググループ:
http://www.cloudsecurityalliance.jp/bigdata_wg.html
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