第18回 機動戦士ガンダムの量産型モビルスーツから学ぶセキュリティ戦略:日本型セキュリティの現実と理想(2/3 ページ)
今回は「機動戦士ガンダム」の世界観を題材に、セキュリティ対策とそのための戦略を考えるヒントを提示してみたい。
セキュリティにおける選択と集中
さて本題のセキュリティの話題に戻ろう。現在のセキュリティ対策は、企業経営で無視できない非常に重要なものになっている。大量の個人情報漏えいの後始末に200億円以上のコストをかけなければならなくなった例や、海外の競合に機密情報を漏えいし、その技術の模倣で1000億円規模の訴訟が起きた(和解金300億円で国内メーカーが事実上勝利した)例など枚挙に暇はないほどだ。
しかし、経営資源は無限ではない。直接的な利益を生み出すことのないセキュリティ対策へ無尽蔵に「ヒト」「モノ」「カネ」を投入し続けることなど、営利組織にはできないので、戦略的に「選択と集中」を実施する。重要な機密や営業・プロモーション活動に利用する個人情報など守るべき情報を明確にし、情報をランク付けする必要がある。その運用方法については、コストや利用者の利便性とバランスが取れるセキュリティ対策をするだけでよい。
その“するだけ”が難しいと思われる方もいる。その原理は簡単で、日常生活で大量の現金や有価証券、土地の権利証などを机上に放置する人はいないだろう。机に施錠をするし、もっと重要なモノは銀行の貸金庫などしかるべき場所へ置いておくだろう。もちろん、それらにはコストがかかるが、予めそれだけコストをかけても守りたい重要なモノと、適切な管理方法があればいい。
もちろん、このような大事なモノとサイバー空間にある情報の扱いは異なる。そこは工夫が必要になるものの、セキュリティやICTの知識があり、運用方法の理解が一定レベルできていれば、クリアできるはずだ。
ガンダムより高性能な量産型モビルスーツ「ゲルググ」
ここで「選択と集中の戦略」の具体例として、再びガンダムのモビルスーツを説明したい。ジオン軍最後の量産型モビルスーツは「ゲルググ」という。まずは、以下の主人公の機体であるガンダムとゲルググ、ジムの性能の比較表を見てほしい。
ここで意外なことが分かる。ゲルググの基本性能のほとんどが、多くの戦果を積み上げた高性能で特別な機体のはずのガンダムより優れていることだ。終戦間際の配備で、全部で700機程度と、この物語の量産型モビルスーツとしての絶対数は多くないとされているが、それでも試作機でほんの数機しか生産されなかったガンダムとは比べものにならない。単純比較だが、少なくとも1機のガンダムを100機以上のより高性能なゲルググが取り囲んでいる構図になってしまう。
ここだけ見れば、「圧倒的じゃないか、わが軍は。」などと言ってしまうが、ジオン軍は、さらに強力な「ビグザム」や「エルメス」「ジオング」を投入しているのに全てを撃破され、敗北を喫している。その理由は簡単だ。アムロのニュータイプ能力が開花し、全て撃破したということはもちろん大きいが、それ以上に配備されている地球連邦軍の戦力が違ったのだ。アニメでは撃破されるシーンが多かったものの、性能上はガンダムと遜色ない量産型モビルスーツのジムが数千機も配備されていたからである。
地球連邦軍側は圧倒的に優位な国力差を背景に、ガンダムという絶好の検証データに基づいてモビルスーツの生産をジムという1機種に集中できた。この1機種で済むことは資材や開発費だけでなく、パイロット育成の面でも効率化できただろう。高性能な機体とパイロットの技量のバランスがよく、効率的に成果を挙げられたはずだ。ジオン軍のゲルググはジムより性能が高いものの、作品中ではベテランパイロットが使い慣れた機体を好み、この高性能な機体には学徒兵などが乗るケースが多かったという発言も出ている。機体の性能とパイロットの操縦技量のアンマッチが発生していたようだ。やや傍証的だが、逆説的に1機種に集中したジムの効率的なリソース配置が裏づけされたとも言える。
よく考えてみると、地球連邦軍の戦略としてはガンダムの戦闘力や戦果云々より、この実践データを得られたことの方が、試作機としてのガンダムの最大の成果だった。つまり、地球連邦軍の取ったガンダムによるデータ収集とその成果をジム1機に投入できたという結果は、「選択と集中」によるリソースの最適配置と言えるだろう。このように考えると地球連邦軍の勝利は当然だったのかもしれない。
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