この特集のトップページへ

はじめに

 企業内でコンピュータを利用するのは,当然のことながら「業務のため」である。業務においては,ワープロソフトを用いて文書を作成したり,表計算ソフトを用いて見積もり表を作成したりするほかに,データベースソフトを基盤とするアプリケーション(本連載ではこれを「データベースアプリケーション」と呼ぶ)によって在庫管理や顧客管理などを実現することもある。ワープロソフトや表計算ソフトと比べると,データベースアプリケーションは業種や企業ごとに扱う内容が異なるため,ほとんどの場合はパッケージソフトとして販売されている完成品を入手するのではなく,カスタムアプリケーションとして独自に実装しなければならない。

 データベースアプリケーションを独自に実装する場合,特にWindowsプラットフォームにおける開発者は,従来,1台のパソコン上で完結するスタンドアロンアプリケーションとして実装することが少なくなかった。たとえば,Visual BasicとAccessのデータベースファイル(Jetエンジン)を組み合わせたり,VBA(Visual Basic for Applications)とAccessを組み合わせたりしている事例は,その典型例といえる。

 しかし近年,企業のネットワーク化が進むにつれ,1つのデータベースを複数のコンピュータから共有したいというニーズが高まっている。もちろん,Visual BasicまたはVBAとAccessとを組み合わせた従来型の開発手法でも,共有フォルダなどを利用することで,この目的を達成することは可能である。しかし,データ量が増大するにつれ,あるいは接続するコンピュータの台数が増えるにつれ,このようなシステムでは問題が生じてしまう(どのような問題が生じるかについては,Chapter 1で述べる)。

 そのため,この数年は,データベースサーバー上に搭載したデータベースにクライアントコンピュータからネットワーク接続するという,「クライアント/サーバーアプリケーション」が一般的になっていた。つまり,開発者は「クライアント/サーバーモデル」によるアプリケーション開発を求められてきたのである。

 スタンドアロンモデルでアプリケーションを開発するのと比べると,クライアント/サーバーモデルでアプリケーションを構築するのは,比較的難しい。なぜなら,クライアントとサーバーがどのように通信するのかを理解しなければならないし,さらに複数のユーザーが同時にアクセスした場合でもデータベースの不整合が生じないように堅牢なシステムを構築しなければならないからである。

 さらに,インターネットの爆発的な普及に伴い,昨今はWebに対応した業務システムの開発が一般的になりつつある。Webに対応した業務システムがなぜ好まれるかといえば,クライアントOSの種類を問わないからである。Webに対応した業務システムは,Webページを通じてサーバーにアクセスする。そのため,Webページを表示することができるWebブラウザさえあれば,どのようなクライアントでも利用できる。極端な話,クライアントはパソコンである必要はなく,PDAや携帯電話などの携帯端末でもかまわない。

 Webに対応した業務システムとは,クライアント/サーバーモデルの応用である。Webに対応した業務システムは,Webブラウザがクライアントで,Webサーバーがサーバーになるだけの話である。Windows環境で開発するのであれば,サーバーとしてIIS(Internet Information Server)を利用すればよい。つまり,クライアント/サーバーモデルの構築が理解できれば,Webに対応した業務システムも容易に構築できる。実際,連載中で扱うサンプルのアプリケーションは,Webにも対応させてゆく。

 本連載では,Visual Basicのユーザーを対象に,Windows 2000で搭載される予定のCOM+ 1.0を使って,どのようにして堅牢なクライアント/サーバーアプリケーションを構築すればよいのかについて説明する。本連載の開始時点では,まだWindows 2000は出荷されてはいない。RC2(Release Candidate 2:2番目の出荷候補)版の提供が開始されているだけであり,仕様変更の可能性も否定はできない。しかし,最新の技術情報をいち早く理解し,その機能性と安定性と将来性を評価することは,設計者や開発者にとって極めて有用なことだと思われる。特に,COM+を使うと,クライアント/サーバーアプリケーションにおけるいくつかの問題を簡単に解決することができ,コーディングが容易になる。本連載中では,Windows 2000やCOM+の最新情報も盛り込みながら,クライアント/サーバーアプリケーションの開発について解説を進めることにしたい。

 なお,本連載で扱ういくつかの内容は,Windows NT 4.0 Option Packで提供されているMTS(Microsoft Transaction Server)の環境下でも問題なく動作する。安定性などの問題で,現行のWindows NT Server 4.0上でシステム開発を求められている開発者は,とりあえずMTS上で開発しておき,Windows 2000が登場したときに必要に応じてCOM+の機能を盛り込んでアップグレードしてもよいだろう。

prev はじめに next