第1章 CRMとデータマイニングの必要性マーケターのためのデータマイニング講座(1/2 ページ)

» 2001年09月10日 12時00分 公開
[村田悦子,エス・ピー・エス・エス株式会社]

 この講座は、パソコンユーザーレベルのITスキルとマーケティングの初歩の知識を持ち合わせているビジネス層の読者を対象に、マーケティング活動でデータマイニングがどのように役立つかを分かりやすく説明することを目的としています。第1章ではデータマイニングをCRMの枠組みの中でとらえ、オペレーショナルCRMとアナリティカルCRMの違いを示すことによりCRMの定義を明確に与えて、データマイニングに関する理解を深めます。次回以降、分析アルゴリズムや要求されるシステム環境などより具体的な議論を行い、最先端の事例を紹介しながらデータマイニングの全貌を明らかにしてまいります。

1.顧客育成のためのCRMを実現するには

 CRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)とは、顧客との関係を長期的に改善、維持することにより企業の収益を最大化するという経営戦略です。ここでは顧客との関係を点ではなく、生涯価値という線の概念でとらえます。つまり、いま現在収益の上がらない顧客でも将来性が期待できれば優良顧客としての扱いに値すると考えます。あるいは将来収益の上がる顧客になってもらうように「仕掛ける」のがCRMの重要なポイントともいえるでしょう。

 企業と従業員の関係に例えてみましょう。企業側が自社にとり有益な社員の成功パターンを把握できていれば、採用時にそうした要素を持つ人材を選抜し、あるいは一般の社員を優秀な社員の能力に近づけるように教育したりできます。同様に、優良顧客を優良顧客たらしめた要因を理解していれば、似た属性を持つ優良顧客「予備軍」を特定し、真の優良顧客に育てることができると期待されます。この予備軍の「発見」と「育成」がCRM成功のカギといえるでしょう。

「オペレーショナルCRM」と「アナリティカルCRM」

 こうしたCRM施策を実際に行う際に、それを助けるITシステムとして、「オペレーショナルCRM」と「アナリティカルCRM」と呼ばれる2種類のツール群が存在します。どちらも単に「CRMツール」と称されることが多いので、その違いを理解しておくことが必要でしょう。

 オペレーショナルCRMとはSiebel社のシステムに代表されるように、コールセンターやWebなどの顧客接点における最適な対応を可能にするツールで、主に人的資源の最有効活用を目的としたものです。

 コールセンターにCTI(Computer Telephony Integration)システムが導入されている場合を例に考えてみましょう。顧客からの着信があると同時に発信番号から顧客データベースに検索をかけ、その顧客のデータが自動的にオペレータの操作するコンピュータ画面に現れるシステム(スクリーン・ポップアップ)があれば、オペレータは顧客にいちいち名前や住所、過去の購入履歴などを尋ねることなく、迅速で的確なレコメンデーションが行えます。オペレータの生産性向上はもちろんのこと、One-to-Oneの顧客対応の質が向上し、顧客満足が向上します。こうしたシステムの有用性は直感的に理解できるでしょう。顧客との関係に好影響を与えることから、オペレーショナルCRMの効用を疑う余地はありません。

 一方、アナリティカルCRMとは、顧客データを分析することにより、上述した優良顧客予備軍の「発見」と「育成」を支援するツールです。オペレーショナルCRMが顧客とのタッチポイントの効率化という目的に特化したテクノロジ(例えばCTI)を核としているのに対し、アナリティカルCRMは汎用的な目的を持つ「データマイニング」の利用分野の1つと考えられます。

アナリティカルCRMの必要性

 ではアナリティカルCRM、あるいはデータマイニングはなぜ必要なのでしょうか?

 それに答えるために、まずいまなぜCRMが注目されるようになったのかを、消費者行動とITの2つの観点から考えてみましょう。

 まず消費者行動ですが、企業の生産・供給力が向上し需要の充足が保証されると、選択・決定権が消費者側に移行します。また現代社会ではし好やライフスタイルの多様化も特徴的な傾向とみられています。さらにインターネットなどから意思決定に必要な情報も容易に入手できるため、携帯電話でよく見られるように“解約→他社への乗り換え”といったスイッチングも頻繁に行われるようになりました。つまり、市場活動の主導権は消費者が握っているということになります。企業は消費者から「選択される」立場にあり、多様な消費者のそれぞれのニーズを的確に把握できなければビジネスは成立しにくくなってしまいました。

 またよくいわれるように、

  1. 新規顧客獲得は、既存顧客維持に比べはるかに高コスト
  2. 離反顧客を取り戻すのは、離反しないように満足させるよりはるかに高コスト
  3. 新製品を新規顧客に売るより、既存顧客に売るほうがはるかに簡単
  4. すべての顧客が一様に利益をもたらすわけではなく、一部の顧客はほかの顧客よりはるかに収益性が高い。逆にある顧客はまったく収益性がなく、永遠に収益が見込めない顧客もいる

といった理由から、優良顧客の発見、育成とその維持による顧客生涯価値の最大化が企業経営の1つの命題となりました。

 次にITの影響による背景ですが、データウェアハウスを構築していなくても、POSSFA、Webのアクセスログ、またインターネット調査によるアンケートデータなど、大量・多種のデータが自動的にまた短時間に電子ファイルとして蓄えられるようになったために、分析可能なデータを手軽に収集できるようになった点が挙げられます。顧客の購買データを属性データとヒモ付けして「顔の見えるデータ」とするのも電子的に処理すれば容易なため、企業においてデータを利用する機運が高まったことが、CRMの着目される一因になっていると考えられます。

 データマイニングは、企業に集積されたデータを分析することにより顧客の生涯価値を最大化することに大きく貢献します。次の図から考えてみましょう。

ALT 図1 CRMにおける顧客のライフサイクル

 顧客のライフサイクルは図1のように表されます。新規顧客を獲得するにはマーケティング経費がかかりますので、一度、製品/サービスを購入してもらっただけでは、ほとんどの場合利益にはなりません。同じ顧客が繰り返し購入してくれて初めて収益が上がり、取引終結をもってその顧客のライフサイクルが終わります。つまり、緑の部分の面積から赤い部分の面積を引いたものがその顧客の生涯価値となります。CRMの目的は顧客の生涯価値を最大化すること、つまり可能な限り赤の部分を小さくし、緑の部分を大きくすることといえます。データマイニングは、以下のような方法でこの目的に大きく貢献します。

1.赤の面積を小さく→効果的なプロモーション

 顧客となる可能性の高い潜在顧客のセグメントをデータマイニングにより発見し、ターゲットを絞ったプロモーションを行うことでマーケティング経費の節約と売り上げの増加を同時に実現。ディシジョンツリーなどのセグメンテーション手法がよく使われます。

2.緑の部分の高さを高く→適切なクロスセル/アップセル

 どのような顧客がどのような製品/サービスを好むかをデータマイニングから発見し、タイミングよく適切なオファーを行うことで1購買当たりの購買点数、あるいは購買頻度を上げる。併買傾向を探るアソシエーションルールが代表的な手法の1つとなります。

3.緑の部分の長さを長く→離反顧客のプロファイリングによる危険度の予測

 同業他社に乗り換えてしまいそうな顧客を事前に特定し、プロアクティブにアクションを起こし、離反を未然に防止する。ニューラルネットワークなどの予測機能を持つ手法がよく使われます。

 このようにデータマイニングは、顧客データを分析することにより顧客タッチポイントでの最適なアクションを決定します。つまりオペレーショナルCRMに指針を与えることで経営戦略を成功に導く重要な舵取りの役割を担っていると考えられます。

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