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» 2002年11月08日 12時00分 UPDATE

IT Business フロントライン (101):e-Japanに地方自治体はついていけるか? 技術の伸展に追い使いない法的、人的環境整備

[磯和春美(毎日新聞社),@IT]

 8月に住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)が導入されてから3カ月がたった。6自治体が不参加のまま見切り発車し、その後も市民運動団体などは根強い反対運動を続けている一方で、地方自治体にとっては最大の「IT化推進」であり、「電子政府実現」の象徴のような存在になっている。ところがこれがまた、「住基ネット導入」イコール「IT化完了」といった思考停止を生み出す土壌にもなっているようではある。

 地方自治体のIT事情を調べるうちに、とんでもない経験をいくつもする羽目になった。筆者としてはその内実のあまりの奇矯さ、バラつきぶりに驚くばかりなのだが、それが現在推進されている「自治体のIT化」の実態だとするならば、広く知らしめなければならないだろう。

IT化は誰のために、何のために

 最初に、筆者が驚いた例を2つ3つ挙げておく。ある町にIT化推進についての意見を伺おうとインターネットをくまなく探したが、その町の公式Webサイトは設置されていなかった。電話で質問の趣旨を話し、「メールで質問項目をお送りしたい」というと「ファクスで送ってください」とのこと。メールアドレスは役場共有で、「違う部署の人間(や上役)に見られると何かとありますので……」とのこと。

 ある県は立派なWebサイトも持ち、IT化推進のための研究会も設置していた。そこで担当に問い合わせ、研究会の報告書について尋ねると、「つまりホームページであらゆる情報発信をしていこうと」との答え。なんと、ホームページのデザインや、そこに置くべき内容を決めるための研究会だったという。この研究会では、県議会の議事録を「いつごろ、どこまで公表するか」で数時間に及ぶ白熱した論議が展開されたのだという。

 電子投票の模擬練習を行っている自治体も多い。いくつか問い合わせてみたがどこも一様に「あくまでテストですので、内容についてはお答えできない」。どうも模擬練習の主眼は複数の業者のシステム評価にあるようで、下手に情報を漏らすと入札に影響すると勘繰られてしまったようだ。

 地方自治体が進めるIT化は、そもそも、目的意識が欠落したものが多い。政府が決めた電子政府推進(と、住基ネット導入スケジュール)に合わせ、慌てて条例などを制定したところが多いため、その目的部分は、ほとんどが総務省が示した電子自治体のモデルをなぞっているだけだ。

 例えば、村民わずか数百人の関西地方の某村では、今年2月の議会で決めた行政サービスの「電子化推進基本条例」の中で、「グローバル化が進む中」「(村民への)情報公開をよりいっそう推進し」「ITを活用したサービス向上に努める」などとうたっているが、実際に稼動しているのは村の紹介を記載した“ホームページ”と、住基ネットだけだ。グローバル化と村民への情報公開と野ざらしのホームページがどうすればつながるのか、さっぱり分からない。

 IT化推進のモデルケースとしてしばしば取り上げられるある県でも、トップダウンぶりを垣間見ることができる。IT化推進の背景として県では「県民の日常生活においても情報通信技術が深く浸透して」おり、「行政サービス向上に対する要請はますます高度化・多様化」するとしている。

 しかし、その内実はあくまで昨年政府が決めた「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」「e-Japan戦略」で定められた来年度までのタイムスケジュールの実現にあるようだ。県でも「21世紀情報化社会推進プラン」「県行政情報化推進計画」「マルチネットワーク基本計画」などを次々に定めているが、これらはすべて、政府の電子政府実現の大号令が最初にあったものだということに注目しておきたい。IT化推進県ですら、政府の定めた「理念」と「スケジュール」の範囲からはみ出さないのだから、それ以外の地方自治体の取り組みが“ホームページ”からの“公民館予約”に収まるのも無理ないだろう。

技術が先行、理念は置いてきぼり

 遅ればせながら地方公共団体行政サービスオンライン化促進協議会(e-自治体協議会)は総会で、「地方公共団体における行政サービスのオンライン化促進のための提言」を華々しく採択した。この協議会は民間企業と大学の研究者を中心に、電子自治体推進を進めるため昨年4月に設置されたもの。提言は各部会の1年半の研究をまとめたもので、「国や地方自治体がガイドラインを策定したり、システム化を検討する際の参考にしてほしい」としているが、内容は技術的な実現方式のまとめで、理念の部分は抜け落ちている。

 具体的に、地方自治体がその行政サービス部分をIT化することで、どのようなことが可能になるのかを見ていくと、興味深いことが分かる。各種申請や届け出、許可証の電子化とその取扱い、さらには地方税手続きや電子納税、医療など福祉分野の審査やデータの共有化、このすべてが現実にある法律では電子化を想定していない。

 つまり、(政府もそうだが)地方自治体が電子政府化するには、まずほとんどすべての法律を電子化の実態に合わせて作り変え、さらにそこから生じることが予想されるトラブルに備えた緊急事態への対応マニュアルも整備し、職員の技術的、倫理的レベルを引き上げるための教育を行い、地域住民に対しても広報啓蒙活動を進め、実際にシステムが稼動し始めたらそれらを24時間監視・点検しなければならないのである。むろん、法的整備は進められているのだが、法律が現実をフォローしても、その後の人的支援、環境整備へ投じるべき労力と時間はまだまだ膨らむことは想像に難くない。

 多くの地方自治体のIT化の現実が、Webサイトでの県議会報告、公民館の予約にとどまるのには、こうした背景もある。IT化の理念を掲げる以前の問題として、IT技術はどんどん先走るのに、それに実現のための地ならしが追いついていないのだ。

公務員も、利用者もおっかなびっくり

 10月に調査会社のガートナージャパンが発表した「電子自治体で導入が検討されている住民情報系システムに対する意識調査結果」によると、電子申告・納税、電子申請システムに対し、「重要だ」と考えているユーザーのうち、8割以上が「利用は不安」としていることが分かった。東京都が実施した住民へのアンケート調査でも、行政サービスへの電子化を期待する声は87%にも達するのに、使いたくない人の7割近くは「セキュリティが不安だから」としていることが分かっている。

 地域住民の不安感を低下させなければ、電子システムを導入しても利用される可能性は低い。しかも先日、住基ネットでは、各市区町村が利用するコンピュータのウイルス対策ソフトの情報が約3カ月も更新されていないことが分かったばかり。さらに、住基ネットの閲覧・検索に使われるブラウザのセキュリティホールにもパッチが当てられていないことが分かり、IT関係者の間からはショックの声が上がっている。自治省は「住基ネット自体は閉鎖系ネットワークで稼動している」としているが、実際に閲覧、検索を行う各地方自治体の端末はLANにぶら下がっているケースが大半で、インターネットも利用できる仕組みだ。

 東北地方のある県では、公務員の労働組合から県に対してIT化推進とセキュリティについての問題が指摘された。その中には「セキュリティが十分でなく県民のデータが何らかの被害にあった場合、県はどのように責任を取るのか」という質問もある。「公務員も、仕事を離れれば一住民。中で仕事をしていると、多くの面で矛盾を感じ、IT化推進にもこのままでいいのか、という疑問を感じる」と労組の幹部は話してくれた。

 京都府宇治市で住民データが流出した事件や、複数の小学校などのWebサイトのデータが書き換えられ、児童のデータが危険にさらされていた事件などでも分かるように、いったん電子化データが流出すれば、その被害を回復する手立てはほとんどない。ところが、そうした面に多くの自治体はまったく鈍感なのだ。そうした意識で電子化を進めること自体が「悪」である、という発想も持ち得ない。

 地方自治体の電子化それ自体は、住民サービスの向上にもつながることが期待できるし、行政のスリム化、対応の迅速化も実現できるだろう。どんどん進めてもらいたいものだ。しかし、そのためにはいくつかのクリアすべきハードルがある。なんのために行うのか、どうやって行うのか、リスクは検討したのか、その対応は十分か。実現のための理念も、その環境整備も、リスク対応策も、すべてのハードルを押し倒し、ただ「IT化実現」というゴールを目指して疾走する地方自治体の姿には正直、慄然とするものだ。


 もちろん、三重県をはじめ、IT化に積極的に取り組み、自分たちの頭で考え、さまざまな施策を地道に実行している地方自治体も多い。今回は悪口ばかりになってしまったので、次回にそうした自治体の活動を取り上げ、同時にこうした自治体の取り組みを励ましているものは何か、障害になっているものにはどういったものがあるのかを考えてみたい。

Profile

磯和 春美(いそわ はるみ)

毎日新聞社

1963年生まれ、東京都出身。お茶の水女子大大学院修了、理学修士。毎日新聞社に入社、浦和支局、経済部を経て1998年10月から総合メディア事業局サイバー編集部で電気通信、インターネット、IT関連の取材に携わる。毎日インタラクティブのデジタル・トゥデイに執筆するほか、経済誌、専門誌などにIT関連の寄稿を続けている。

メールアドレスはisowa@mainichi.co.jp


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