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» 2003年03月07日 12時00分 UPDATE

IT Business フロントライン (110):通信行政がソフトバンクを追い詰める? NTTと総務省の包囲網

[布目駿一郎,@IT]

 株価低迷に直撃され業績不振にあえぐソフトバンクが、社運をかけて推進しているブロードバンド事業が窮地に立たされている。ADSL(非対称デジタル加入者線)サービスで200万回線の顧客を獲得し、NTTを追い抜きトップシェアに躍り出た同社だが、同サービスの通信干渉問題が急成長に水を差し、NTT接続料の引き上げもIP電話に打撃となる。さらに総務省IT部局は事実上、同社の営業活動を縛る規制を計画している。一部ではNTTと総務省による“ソフトバンクつぶし”とささやかれ始めた。その背後にあるものは何なのか。

孫社長の危機感

 「いまのままでは日本のブロードバンド通信は育たない!」

 3月4日、東京・永田町の衆議院第一議員会館。80人近い聴衆を前にして、ソフトバンクの孫正義社長は総務省IT部局への対決姿勢を打ち出した。その通信行政批判には「窮鼠猫をかむ」危機感が表れている。

 この日、孫氏が出席したのは、全国消費者団体連絡会が主催した情報通信のシンポジウム。NTT接続料の引き上げに異議を唱える消費者団体が野党議員を動かして実現したもので、呼び掛け人には、先に情報通信審議会(情通審:総務相の諮問機関)委員を更迭された醍醐聰・東京大学大学院教授も名を連ねていた。KDDI、日本テレコム、東京通信ネットワークなど通信事業者に加え、米・英国の大使館職員も出席、いわば接続料引き上げ反対の“決起集会”となった。そこへ、通信業界の異端児である孫氏が現れた意味は小さくない。

 「Yahoo! BB」――。日本のADSL市場は、2001年9月のソフトバンクの参入が起爆剤となって大きく飛躍した。当時、伝送速度8Mbpsで月額2280円(モデム代除く)の料金は圧倒的な価格競争力を持ち、競合事業者はこれに追随せざるを得ず料金水準が下がり、その結果としてADSL人気に火がついた。ソフトバンクはその後、IP電話「BB Phone」を開始して順調に加入者を伸ばし、1月末の実績では197万回線、シェア32.2%にまで達した。NTT東日本の124万回線(20.3%)、NTT西日本の101万回線(16.6%)に大きく水をあけている。

Annex A.exを狙い撃ち?

 しかし、ソフトバンクの価格破壊がほかの通信事業者の恨みを買ったのも事実だ。「孫さんのおかげでASDLは“投げ売りサービス”になってしまった」と同社を白眼視する声は大きく、同社も他社との関係に一定の距離を置いてきた。そのソフトバンクがNTT接続料の引き上げ阻止に向け、他社と共闘する姿勢に転じたのである。

 その理由の1つには、接続料が3分5.36円と現行(4.78円)比12%も引き上げられれば、全国一律7.50円で提供している同社のIP電話が採算割れに陥ることがある。しかし、それ以上に大きな理由は、総務省、NTT、さらに自民党によるソフトバンク包囲網に対抗するためであるといっていい。

 情通審は昨年12月11日、NTT東西が申請していたADSL接続に関する約款変更を認可すべきと答申した。変更点は、ADSLサービスが引き起こす通信干渉について規定したもので、今後、各事業者の伝送方式を干渉が軽微な第1グループと、干渉が大きい第2グループに分け、後者に分類された事業者からは、加入者線の利用料金を現行の1回線当たり月額30円に899円上乗せして徴収するという内容だ。一部ではこれが、ソフトバンクのAnnex A.exを狙い撃ちしたものと受け止められている。

899円の上乗せ回線利用料金

 Annexとは、ADSLの伝送規格であるG.992の付帯規格で、地域の事情に合わせて定められた仕様のこと。国際電気通信連合(ITU)ではA、B、Cの3規格を策定している。Annex Aは北米・韓国の仕様、Annex Bは欧州仕様、Annex Cが日本仕様だ。

 国内の多くのADSL事業者はAnnex Cを採用しており、国産のモデムやスプリッタも大半はAnnex Cに準拠したもので、ユーザーはこれを自宅に設置している。これに対し、ソフトバンクは市場規模が大きく、量産されているAnnex A準拠の海外製品に着目した。韓国や台湾から安価な製品を大量に仕入れ、コストを下げることでユーザー料金の低価格化を実現したわけだ。

 しかし、ケーブル内の同一カッド(加入者線メタルケーブルの束の最小単位)に異なる方式の通信が混在すると、それぞれが干渉し合い、伝送速度が低下するといわれる。高速の12Mbpsサービスになると、干渉の影響は大きくなり、とりわけ、ソフトバンクが推進するAnnex Aの拡張規格Annex A.exは干渉が大きいと一部で指摘されていた(Yahoo! BBの12Mサービスのモデムは、「Annex A.ex」「Annex A」「Annex.C」をユーザーの回線状況にあわせて、自動的に切り替える)。

 NTT東西の加入者線は1カッド当たり2回線が収容され、電話回線・ADSL回線として使用されている。このケーブルに、第2グループ、すなわち標準以上に干渉が大きいと判定された伝送方式のADSL回線を収容した場合、もう1回線には標準的な方式の回線を収容できない。NTT東西はこうして無駄となる容量と、その分、新たに敷設するケーブルのコストを月額899円とはじき、追加料金を設定したのである。

 しかし、このグループ分類の基礎になった、民間の標準化団体である情報通信技術委員会(TTC)のスペクトル管理標準(JJ-100.01)では、「Annex A.ex」はいまのところ未確定。TTCは現在、同標準の改訂作業を中断している。

 ソフトバンクは「不透明な基準で規制すべきではない」と接続約款の変更に反対したが、情通審には入れられなかった。総務省IT部局は4月中にもグループ分けの基本要件を定め、それに沿ってTTCはスペクトル管理基準の改訂作業を再開するが、仮にソフトバンクが第2グループに分類された場合、同社のブロードバンド事業は根底から覆る。12Mbpsサービスの現行料金2480円に899円もコストが上乗せされてしまえば、競争力がなくなるのは明らかだ。しかも、ソフトバンクに吹く逆風はこれだけにとどまらない。

販売代理店への二重規制も

 「行き過ぎた営業には規制を掛けてしかるべきだ」。自民党郵政族の若手議員の間ではこんな声が高まっている。

 “行き過ぎた営業”とは、ソフトバンクの販売代理店が街頭で展開しているモデムの無料配布や、料金を2カ月間無料にする顧客獲得キャンペーンのこと。こうしたダンピングまがいの営業が電気通信をめぐる消費者トラブルを助長しているというのだ。すでに総務省IT部局は、これを規制する方向で動いている。

 同省によれば、2002年度に国民生活センターに寄せられたモデムなど機材の送付に関する苦情・相談は783件。前年度の105件から7.5倍も激増しているという。消費者保護の立場から、今通常国会に上程予定の「電気通信事業法」改正案には、販売代理店による消費者トラブルも、その契約主である通信事業者への業務改善命令の対象とすることが盛り込まれる見通しだ。

 確かに「Yahoo! BB」は当初、開通納期やユーザーサポートに関する苦情が多かった。しかし、モデムの無料配布は将来の加入契約を見込み、料金徴収を前提としている以上、法的に瑕疵のある商行為にはならない。ソフトバンク以外の事業者も「加入契約や機材の受け渡しをめぐるトラブルは本来、経産省が所管する『消費者契約法』で取り締まられており、総務省のやり方は二重規制」と反発している。

 NTT接続料の引き上げ、Annex Aの干渉問題、そして販売代理店への規制……。ソフトバンクのブロードバンド事業がこれほど逆風を受ける理由は何なのか――。同社の幹部は「役所はNTTにべったりだ」と嘆息する。

ソフトバンクの“背水の陣”

 総務省IT部局は2月19日、NTT東西のインターネット接続サービス「フレッツ」の広域化を認可した。これにより、両社は悲願である事業領域拡大への道が開けたといえ、現在は地域IP網の提供しか許されていなくても、「いずれ消費者に直接売り込むプロバイダとして登場してくる」と、新電電や外資系通信事業者の多くは観測している(第109回「“幻”の『情報通信庁』」参照)。

 そのとき、最も競合するのがソフトバンクである。先を見越してNTTと総務省が、同社に制度的な縛りを掛けようとしても不思議はない。一方、そのソフトバンクは毎年度400億円規模の社債償還を抱え、ヤフーやあおぞら銀行の株売却益でようやく経営を維持しようとしている状態。ブロードバンド事業の失敗はそのまま破綻につながるといえ、NTT、総務省との対決はまさに“背水の陣”の戦いとなる。

 ADSLサービスの通信干渉問題に絡み、ソフトバンクは1月のITU会合で「世界に普及していない日本のAnnex CはITUの承認規格から削除すべき」と提案した。それを事前に察知し、思いとどまるよう説得した総務省IT部局に、同社の幹部はいったという。「そんなに圧力を掛けるなら、行政訴訟も辞さない」。ソフトバンクは正念場を迎えている。

Profile

布目駿一郎(ぬのめ しゅんいちろう)

フリージャーナリスト

新聞記者、証券アナリスト、シンクタンク研究員などで構成されるライター集団。「布目駿一郎」はその共同ペンネーム。一貫して情報通信産業の取材に当たっている


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