データウェアハウスがもたらす真の顧客起点経営統合CRMを支える情報基盤(4)

本連載では「顧客起点経営」を実現するデータウェアハウスの役割について述べてきた。データウェアハウスを使うことでバックオフィスのプロセス変革と、フロントオフィスのチャネル統合を実現する。さらに、企業の経営指標として「顧客満足度」を含むKPIを設定し、データウェアハウスで分析、モニタリングすることで顧客起点経営のサイクルを確立できる

» 2003年06月07日 12時00分 公開
[泉谷 章,日本NCR株式会社]

顧客起点経営の実態

 「顧客起点経営」に取り組む企業は多いが、その実態を見ていると多くの問題点を感じることがある。

  1. 「顧客起点経営」に取り組む各社は、主にERPやSCMのパッケージを導入して基幹系のビジネスプロセスを再構築している。基幹のうち「計画系」がSCMであり、「実行系」がERPであるが、その多額の投資や長期の開発期間に対して十分な成果が上がっているのだろうか?
  2. 何を軸としてビジネスプロセスの再構築を図っているのか? 企業価値創造か? 顧客価値創造か?
  3. 「グローバル・スタンダード」や「Fortune100のベストプラクティス」という美辞麗句の下でブームとなったERPやSCMのパッケージの導入自体が目的となってしまっていないか?
  4. コールセンターやSFAやWebサイトがばらばらに構築され、チャネルごとに顧客対応が異なっていないか?
  5. 「本当に顧客が求めている価値を知る」というより、企業が売りたい製品をより多く買ってくれそうなセグメントを見つけ出すだけに顧客分析を行っていないか?
  6. 再構築したビジネスプロセスが、当初の狙いどおりに機能しているかを評価する指数(KPI)を設定し、常にプロセスをモニタリングし、発見した問題点を改善するというサイクルが作られているか?
  7. 評価指数(KPI)やモニタリングが、お金の観点のみの「企業価値最大化の管理会計」に偏っていないか? 「顧客にもたらした便益」のKPIを設定しているか?

 1〜3はERPやSCM、すなわちバックオフィスである基幹系ビジネスプロセス再構築上の問題点であり、4、5はCRM、すなわちフロントオフィスのビジネスプロセス構築上の問題点であり、6、7がプロセスをモニタリングし改善のアクションにつなぐための業績管理の問題点である。

 

統合CRMの実現にデータウェアハウスが必要とされる理由

 本連載では「統合CRMを支える情報基盤」としての「データウェアハウス(DWH)」の重要性を論じてきた。ここでは、あえて一般の定義とは異なる意味で「統合CRM」という言葉を使用してきた。すなわち、顧客にとっての価値を最大化するバックオフィスとフロントオフィスのプロセス統合を「統合CRM」とし、これらのプロセス統合を完結させるためにはデータ統合も必要であることを説明してきた。

 一般に「CRM」とはバックオフィスの基幹系に対して、顧客と直接の接点を持つフロントオフィスのシステムや考え方を意味している。また、顧客接点としての業務を遂行するSFA(Sales Force Automation)や、顧客サポートのためのコンタクトセンター、フィールドサービスから成る「オペレーショナルCRM」と、顧客データを分析して顧客に最適なオファーをリコメンデーションしようとする「アナリティカルCRM」から構成されている。このオペレーショナルCRMとアナリティカルCRMの両方をカバーしたものを、一般には「統合CRM」と呼んでいる。

 ところが「顧客起点経営」の観点からは、バックオフィスとフロントオフィスを区分することはあまり意味がない。バックオフィスの受注処理プロセスに問題がある場合は顧客の「購入コスト」は上がり、物流プロセスに問題がある場合には顧客にとっての「納期」の利便性が下がり、フロントオフィスであるSFAの購入前サポートに問題がある場合にはやはり顧客の「購入コスト」は上がり、コンタクトセンターやフィールドサービスの購入後サポートに問題がある場合には顧客の「保有コスト」が上がることになる(図1)。

  • 受注処理プロセスに問題がある場合には、顧客の「購入コスト」は上がり、
  • 物流プロセスに問題がある場合は、顧客の「納期の利便性」が下がり、
  • SFAの購入サポートに問題がある場合は、顧客の「購入コスト」は上がり、
  • コンタクトセンターやフィールドサービスに問題がある場合は、顧客の「保有コスト」が上がることになる

図1 顧客起点経営を目指す業務改革はフロントオフィスのみならずバックオフィスも含めて行う必要がある
*図の著作権は日本NCR株式会社に帰属


 以上の理由によって、一般の定義とは異なる意味(バックオフィスも含む)で「統合CRM」の在り方を探ってきた。さらに、「統合CRM」を完結させるためのDWHの必要性は以下のとおりである。

 顧客を起点として業務プロセスを改善し、プロセス間をデータでシンクロナイズすることで、顧客の利便性を高める。同時に、すべてのコンタクトチャネルを通じて顧客の求める価値を知り、顧客にとっての価値を最大化する。そのためには、DWHによる“シングルビュー”が必要となる。また、直接お金に換算されないサイクルタイムや製品品質、サービス品質といった顧客満足度も含むKPIを設定し、それを常にモニタリングすることで、業務プロセス改善のアクションにつなぐ。それにもやはり、“シングルビュー”が必要となる(図2)。

インテリジェント・エンタープライズ

  • “変化する事実”を透過的に把握
    コックピットと明細へのドリルダウン
  • 問題分析による改善アクションプラン
    すべての“Business Questions”に対応
  • 特定業務でのオペレーション支援
    問題の事前予測、優先付け、アラート通知

情報共有と情報配信

  • 社内での情報共有
  • 社外(顧客、パートナー、サプライヤ)との情報共有および情報配信

ITコストの削減

  • 基幹システム内情報系の排除
  • 既存分散データマートの排除(DMC)

図2 統合されたCRMを実践するには、DWHによるシングルビューが必要だ
*図の著作権は日本NCR株式会社に帰属

 

顧客価値とは?

 「顧客起点経営」、すなわち「統合CRM」を目指す企業の中でも「顧客価値」という言葉は多様に用いられている。

 まず、あのマーケティングの神様であるフィリップ・コトラーが「Customer Value」と定義したものを直訳した「顧客価値」がある。これは顧客から見た「企業の価値」である。そこにはブランド力も含まれている。これはあえて「企業価値」と超訳すべきかもしれない。

 もう1つは「Customer Equity」の訳としての「顧客価値」である。これは「顧客が企業にもたらす価値」である。その顧客が、企業にどのくらいの価値をもたらすかを意味し、その顧客が生涯にわたって企業にもたらす価値を「LTV(Life Time Value)」と呼んでいる。

 そしてもう1つの「顧客価値」は、企業がもたらす顧客にとっての「価値」や「便益」を意味する。すなわち、「顧客にとっての価値」である(図3)。

1.Customer Valueの意味として使われるケース

顧客から見たブランドも含めた企業の価値を意味する。

この場合は、顧客価値=企業価値である

2.Customer Equityの意味として使われるケース

顧客が企業にもたらす価値を意味する。

この場合も、顧客価値=企業価値である

3.顧客が企業に期待する便益(価値)として使われるケース

このケースではほとんどの場合、顧客価値>企業価値となる


図3 3つの“顧客価値”
*図の著作権は日本NCR株式会社に帰属


 マーケティングの世界だけでいえば、いかに「Customer Value」を高めるか、そのためマスマーケティングを通じて、どのようにブランディングを確立するかが重要である。またデータベース・マーケティングの世界では、全顧客データベースの中から、企業により多くの価値(Customer Equity)をもたらす優良顧客のセグメントを見つけ出してターゲット・キャンペーンを行い、どのように収益を上げていくかということが重要になる。

 ただし、上記2つの「顧客価値」は「企業価値最大化」のためのものであって、「顧客価値最大化」のためのものではない。

 現代の経営の観点から「顧客起点経営」を実現して「顧客価値創造経営」を実践するには、自社の行っているバックオフィスやフロントオフィスのビジネスプロセスが本当に「顧客にとっての価値や便益」をもたらしているかを考慮しなければならない。

「顧客にとっての価値」を起点としたCRM

 本連載では「顧客にとっての価値」を起点としたビジネスプロセスの在り方として、あえて、一般のCRMの定義には含まれないバックオフィスの基幹系であるERPやSCMの在り方に多く言及してきた。

 今回は締めくくりとして、一般のCRM、すなわちフロントオフィスにおけるオペレーショナルCRMとアナリティカルCRMを、「顧客にとっての価値」最大化の観点から論じてみたい。

オペレーショナルCRM

 オペレーショナルCRMの主要コンポーネントであるSFAは、一般には営業管理機能である「引き合い管理」、パイプライン管理と呼ばれる「商談管理」「受注予定管理」や、営業支援機能である「コンタクト・マネジメント」「コンフィグレーター」「見積もり支援」などから構成されている。そこには、営業管理者の視点と営業担当者の視点はあるが、営業対象である“顧客の視点”が欠けている。顧客はその企業の営業担当者を通じて「購入時の便益」を期待している。すなわち「顧客起点経営」におけるSFAは、営業管理機能や営業支援機能のみならず、顧客の「購入前サポート」機能を徹底していなければならない。

 「購入時の便益」とは、値引きやおまけを意味しているわけではない。顧客が手に入れたいと思っている“価値”を持つ商品やサービスはどれかを的確に助言したり、その商品やサービスのトータル保有コストなどの情報提供といったことを指す。

 これは従来の生命保険会社のセールススタイルと、最近よく見られる特定の保険会社に所属しないファイナンシャル・プランナーとの違いを考えれば明らかである。従来の生命保険会社のセールススタイルは、自社の貯蓄型、終身型商品の一方的な売り込み以外の何物でもなかった。一方、フリーのファイナンシャル・プランナーのセールススタイルは、顧客のジェネレーションに合わせ、ジェネレーションによって変化する生命保険の価値を明確に助言し、さらに顧客が重視するライフスタイルを加味してベストな保険商品の組み合わせを的確にリコメンドしてくれる。

 自動車保険でも同様だ。従来の損保会社の営業活動は、代理店網の拡充や団体契約の獲得に終始していたが、最近の損保会社では、いかに顧客のカー・ライフスタイルに合った商品を開発するかが大きな差別化になっている。以上が、「企業価値が先行しているセールス」と「顧客価値が先行しているセールス」の違いの身近な例である。

 「顧客価値最大化」と「企業価値最大化」のビジネスプロセスは、「結局のところ同じことではないか」との意見もある。しかし、上記の例のようにどちらが先行するかによって結果は明らかに異なる。企業が顧客にもたらした便益の対価として、売り上げや利益といった形で企業価値はもたらされるのであって、表面的には「顧客価値最大化」と「企業価値最大化」のビジネスプロセスが似てはいても、発想が根本的に異なることを理解すべきだ。

 もっと身近な例を挙げよう。仕事の提案において、自らの出世を目的とした提案と、本当に良い仕事をするための提案とでは、同じ提案でも周囲の理解は異なるであろう。良い仕事をすれば出世は後からついてくるべきものである。

 コンタクトセンターやフィールドサービスにおける「顧客にとっての価値最大化」の例を考えてみよう。受付時間やサービス時間の差は、その企業の「顧客価値最大化」への企業努力と企業実力の差と見ていいだろう。ライフスタイルが多様化した現代の顧客は、明らかに365日24時間のサービスを期待している。片や企業側は、サービス時間帯に関しては主にサポート要員の人件費をベースに考えており、365日24時間のサービス要求は顧客の勝手なわがままと受け止めているケースが多い。

 例えばウイークディの9?17時の通常時間帯に100人のオペレータを擁するコンタクトセンターがあった場合、本当にどの曜日のどの時間帯にも100人のオペレータが必要なコールがかかってくるのだろうか?

 曜日別時間帯別のコール数や、さらには曜日別時間帯別に必要とするスキルレベルを分析し、的確なワークフォース・マネジメントによるスケジューリングを行えば、従来と同じ人件費で365日24時間のサービスが可能となることもある。

 フィールドサービスのサービス時間も同様だ。365日24時間のサービス要求を、単なる顧客のわがままと片付けるか、ビジネスプロセス変革のトリガと考えるかによって、対価として得られる企業にとっての価値も大いに異なるのである(図4)。

ALT 図4 業務改革によってもたらされる価値
*図の著作権は日本NCR株式会社に帰属

アナリティカルCRM

 次に、アナリティカルCRMだ。アナリティカルCRMにおけるキャンペーン・マネジメントの柱は、顧客のセグメント化によるターゲット・マーケティングである。

 よく行われている例としては、RFM(Recency Frequency Monetary)分析による顧客スコアにより、プラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズなどのセグメントに顧客を分類し、顧客の層別に適切な対応を取ろうというものだ。こうしたセグメントごとの個別対応のことをOne to Oneマーケティングと呼んでいる。

 この考え方は往々にして、売りたい商品をたくさん買ってくれる顧客セグメントを見つけ、DMや電子メールを送り付ける「企業にとっての価値」を最大化するCRMに陥りやすい。

 同じセグメンテーションの手法でも、顧客に関するあらゆるデータを分析して、同様の価値基準を持つグループを発見し、その価値観を正確に理解できるならば顧客からのイベントをトリガにして、その価値をもたらすことのできる製品なりサービスをリコメンデーションすることができるはずである。

「顧客起点経営」の評価指標

 企業の評価としての管理会計や、この管理会計の手法としてのEVA(Economic Value Added)BSC(Balanced Scorecard)ABC/ABM(Activity Based Costing/Activity Based Management)などは、「企業価値最大化」の評価になっても「顧客価値最大化」の評価、すなわち「顧客起点経営」の業績評価手法としては十分ではない。

 DWHがこれらの管理手法を支えていることはよく知られていることだ。評価指標として事後指標だけを見るのは、バックミラーを見て運転するようなものであり、経営のコックピットとしての先行指標の重要性も多く指摘されている。ただし「顧客起点経営」の業績評価のためには、お金に関する取引の明細データだけでなく、品質、納期、顧客満足度、コンタクト履歴、クレーム情報などすべてのトランザクションの明細データをベースとする新しい評価手法が必要で、その評価手法を支えるのがDWHによる“シングルビュー”である。

 企業のステークホルダー(利害関係者)は株主、従業員、パートナーだけではない。最大のステークホルダーは顧客であり、株主だけに偏った業績評価手法は、“カスタマーエコノミー時代”に生きる企業にとっては不十分といわざるを得ない。

 BSCは以下の4つの視点を持つ評価方法である。

  1. 財務の視点(株主)
  2. 顧客の視点(ステークホルダー)
  3. 社内のビジネスプロセスの視点(経営者)
  4. 学習と成長の視点(従業員)

 BSCでは、1つの視点に偏ることなくバランスよく評価しようとしているし、社内のビジネスプロセスの視点や顧客の視点を持つ点は大いに優れてはいる。ただし、顧客視点の例として挙げられる、市場占有率や価格競争力などを見ていると、これもやはり顧客価値より企業価値が先行している業績評価指標であると思われてならない。顧客にもたらした便益の対価としての売り上げであり、利益であり、市場専有率であることを考慮した「顧客起点経営」の業績評価指標の確立が急務である。

 また、評価指標から経営の実態を可視化するだけではなく、評価指標から発見された問題点を、改善というアクションにつなげる必要がある。問題の真因を見つけ出すには、あらゆるレベルのデータが明細として履歴で保管されていなくてはならない。途中のレベルで商品群別や、部門別や期間別にサマリーされたデータしか残されていない場合は、そこから先の原因を探ることは不可能である。

データウェアハウスがもたらす顧客起点経営

 以上のように、顧客を軸とした経営=「顧客起点経営」を真に実践するには、バックオフィスのプロセス変革と、DWHによるプロセス間のシンクロナイゼーションが必要だ。フロントオフィスにおいては、DWHに統合化された顧客情報と、全チャネルを通じてのコンタクト情報から、顧客が求めている価値を理解し、フロントオフィスとバックオフィスの両方を通じて、顧客にとっての便益を提供しなければならない。さらに、DWHによってこれらのプロセスを常にモニタリングし、評価指標から問題点を見つけ出し改善につなぐことによって、継続的な顧客起点経営が初めて可能になる。

 以上のような「顧客起点経営」について、「メッセージやキャッチフレーズとしての重要性は理解できるが、現実の企業は自らの利益を最大化することが最も重要なことではないか」との意見も多い。もちろん企業の目的とは、利益を上げ、その利益を再投資に回し、組織として永続していくことである。組織を守り永続させていくために、売り上げや利益を追求することは、顧客に継続的に便益を提供し続けねばならない「顧客起点経営」にとっても重要なことではある。しかし「組織の存続」自体が目的となった組織が滅びることは、多くの歴史が教えるところである。

(了)

著者紹介

▼著者名 泉谷 章(いずみたに あきら)

日本NCR株式会社 ソリューション統括部 エグゼクティブ・コンサルタント

ERP・SCMの前身であるMRPのソリューション・ビジネスに長年携わり、1996年には日本で最初のコールセンター、SFA、フィールド・サービスなどのオペレーショナルCRMビジネスを立ち上げる。2000年からはアナリティカルCRMに活動領域を広げ、現在は統合CRMのみならずERP、SCMを含む顧客起点経営のためのビジネス・プロセス革新とデータ統合のコンサルティングに従事


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