連載
» 2003年11月22日 12時00分 公開

ITガバナンスの正体(1):ITマネージャの叫び「なぜIT化は失敗するのか?」

[三原渉(フューチャーシステムコンサルティング),@IT]

筆者より:

本稿では、ITガバナンスを各企業で確立していくために、ITマネージャが「考える・分かる・応える・使える・変わる・変える」ことを目指します。では、「考える」から始めましょう。そもそも「ITガバナンス」とは何でしょうか? なぜ企業で「ITガバナンス」が必要なのでしょうか?


ショートストーリー 山の手精工株式会社物語

その日──。

上野社長:うちのITはどれだけ遅れているんだ?来年のIT投資はどれくらい必要なのかな。ITを駆使できなければ、滅びるだけだと最近よく聞くぞ。特に、最近耳にする『ITガバナンス』とやらをうちもきちんと理解して、確立しなくてはならないんじゃないか?


神田取締役:おっしゃるとおりです。ITと一言でいっても、そもそも自社に何台パソコンがあるのか、どれだけITにお金が掛かっているのか、投資した分の効果がちゃんと出ているのか、といった基本事項が分からない限り、来期のIT投資内容もその額も決められません。この部屋の中で、ご存じの方はいらっしゃらないでしょう。よくこれまで、こんな状態でこれたものだと不思議でしょうがありません。『ITガバナンス』も手掛け始めなければ、IT投資が無駄になりかねません


上野社長:神田くんは、わが社に招聘されてまだ3カ月だが、本社支援部門全体統括の中でCIOを兼任しているから、もうどこにどう手を入れていくのか、入れないのかくらいのことは分かっているんじゃないのかね?


神田取締役: 先週、数名の部長・マネージャへ「業務改革と称したさまざまな活動やITを整理してくれ」と指示したところです……(内線を掛けて)すまんが池袋マネージャをここに呼んでくれ


 会議室がざわついた。この日、役員会がざわついたのは4度目だ。そろそろ来年度予算を決めなくてはならない晩秋の役員会は荒れていた。その場に呼び付けられ、役員会議室のドアのところで硬くなっているIT部門(情報システム部門)の池袋マネージャに向かって、

神田取締役: 「先週、わが社のITガバナンスを今後どうするか考えなさい」という宿題をお願いしたが、急を要する。現状と将来像、そして将来像に向かったアプローチを次回の臨時役員会で討議することにした。準備してくれたまえ


池袋マネージャ: なるほど。分かりました。整理して、今月末までにご報告、ご相談させてください(どうすりゃいいんだ?)


神田取締役: 「今月末」とはいつかね? いいか、こうしている間にも他社は業務改革を推進し、ITを駆使して、新たな経営手法を手に入れようとしているんだ。それは先日もいったことだ。まず明日の夕方までに、『現状で何が分かっていて、何が課題なのか整理』といった宿題を持って、私のところに来なさい。手書きの資料で構わない



情報ガバナンスとITガバナンスの位置関係

 「情報」と「IT」はよく混同して使用されている。情報ガバナンスは、経営戦略の一部と考えられ、情報戦略すなわち「競合企業や消費者にどのような情報を流すか」というマーケティング戦略をも包含する領域であり、かつ、社内外のすべての情報・ナレッジに関するマネジメントを意味している。そして経営層やCIOがその執行を行う役割を担っている。片やITガバナンスは、情報ガバナンス下にあって、IT戦略を含み、CIO以下、特にITマネージャがその実行を担っている。

 「情報」と「IT」は厳密には違うものだが、もはや同義語と考えても差し支えない。その違いや定義に固執するよりも、いまやスピードの時代。定義や企画は、それはそれで大事だが、時間をかけてはいられない。「情報化」と「IT化」という言葉の定義も本来的には異なる。ややこしくなるので、ここではあえて「情報化」と「IT化」、そして「情報ガバナンス」と「ITガバナンス」は同義語として使うことにする。なお本稿では、極力「IT化」「ITガバナンス」を使うことにする。

 「システムの人は、システムのことだけやっていればいいんだよ」「IT屋には分からないだろうなぁ」、果ては「電算屋(筆者注:もはや死語)なのだから、計算して、データだけ出してくれればいいの」、などといわれている読者も、もしかしたらいるかもしれない。がっかりする。まだまだ、それくらいの認識しかない幹部職がいる。「そんな会社は辞めてしまえ!」といえればいいが、そうは簡単にいかない人が多い世の中。だからここで1つアドバイスします。「そんな会社は変えちゃおう!」。

(転職するのと会社を変えることでは、どちらが大変かは読者の判断にお任せします。ここでは、「会社を変えちゃう」ことを目指すことにしよう)

 ではどうするか。

ITガバナンスとは何か

 最低限の言葉の定義を、「@IT用語辞典」からおさらいしておこう。

  • IT(Information Technology)【アイ・ティー】「入手、収集可能な情報資源を積極的に活用して、ビジネスを有利に展開するためのしくみ。それを実現するために使用可能なさまざまな情報技術のこと……」後半を読むと、要素技術やハードウェア、ネットワークレベルと思われるが、前半はもっと大きな概念で、企業の根幹を成すもの=業務・仕事のやり方までも含んでいる。
  • ITガバナンス(IT governance) 【アイティ・ガバナンス】 「組織体・共同体が、ITを導入・活用するにあたり、目的と戦略や適切に設定し、その効果やリスクを測定・評価して、理想とするIT活用を実現するメカニズムをその組織の中に確立すること……」

──とある。

 「ITガバナンス」という言葉は、1990年代にも存在した。当時の「ITガバナンス」とは、「(製品やサービスの)品質や業務の効率を上げるための情報システムを、速く・安く・うまくつくるためのマネジメント」とされていた。ほとんどのITマネージャ(情報システム部門の管理職)は、1990年代に声高にマーケティングされた3文字略語にほんろうされただろう。MIS(Management Information System:経営情報システム)、SIS(Strategic Information System:戦略情報システム)、EUC(End User Computing:エンドユーザーコンピューティング)、ERP、中には異色編としてマルチメディアというのもあり、枚挙にいとまがない。現在でも、ERPやSCMCRMDWHといった3文字略語のソリューションビジネスが華やかだが、実際にそのような業務プロセスや情報システムを手中にし、かつ活用できている企業は限りなく少ない。死屍累々である。

 失敗の原因はいくつか考えられる。そもそもこうしたソリューションは社外に出にくい領域でもあるし、導入して効果が出ないまでも何となく動いているから、失敗事例として表面化しにくい。しかし、当の本人たちは「失敗」と思っていなかったりするから始末が悪い。勝手に「成功」と思い込んでいるが実際には失敗であるものも含め、「なぜ失敗するのか」「なぜ成功しないのか」を明らかにしていこう。

 これまで企業は「情報システム」の導入に躍起になっており、「ITガバナンス」を置き去りにしてきた。先進企業に追いつけとばかり、「情報システム」の導入を遅ればせながら試みるものの、それはハードウェアやソフトウェア中心の導入にとどまる。「1」の縦軸方向ばかりのIT化・情報化だ(図参照)。

図 「ITガバナンス力」と「情報システム力」

 もちろん導入(設計や構築)自体も、多くの技術力や体力を必要とし、企業の高度な総合力を要求するものであることはいうまでもない。しかし、「先進企業が先進企業たるゆえんは、実は横軸=ITガバナンスにある」ということを理解できないまま、導入を進めているのだから始末が悪い。縦軸(情報システム)は見えにくい部分は多々あるものの、比較的目に見えやすいので理解しやすい。つまりまねしやすいのだ。しかし、横軸のITガバナンスは見えないので、まねなど到底できない。横軸は「企業文化」と一言で済ませられてしまうこともままある。が、実はまったく違うものである。

 1990年代の失敗から、昨今のITガバナンスは、「情報システムにかかわるすべての要素=人(の意識)・制度・業務と、情報システムそのものの整合性を確保し、求めるビジネスの姿を追求する活動」という考え方に変わってきている。その実現のためには、少なくとも「情報システム」そのものを「支配する」必要がある。それは新しい技術に飛び付き、いたずらに資源(ヒト・モノ・カネ・情報)を浪費することではない。「支配する」とは、「内容(中身)を熟知し、どこに手を入れるとどうなるかが分かっている」ということだ。つまり常にアンテナを体内・外に張っており、モニタリングし、かつ、乖離が発生したときにアクションが取れるということにほかならない(「アンテナ」については、次回以降で詳しく説明を加える)。また、「情報システムにかかわる」とは、「情報システム部門にかかわる」という意味ではない。企業で情報システムを使っている人全員を指す。すなわち従業員全員といえる。

 つまり、「ITガバナンスを確立する」には、企業全体・従業員全体を網羅していなければならない。ハードウェアやソフトウェア、インフラといった縦軸方向だけの狭義の世界にとどまってはいられないのだ。

 これまで縦軸方向に偏ったIT化を進めてきた企業(すでに「1」の矢印方向を手掛けてきた企業)は、横軸への展開(「2」の矢印方向)が急務であろう。

 IT化に立ち遅れた、と不安な企業やITマネージャも心配することはない。「1」の矢印方向だけだとIT化の失敗は目に見えている。だからこそ、「3」の矢印のように、まずはIT以前(情報システム化以前)の活動を手掛けた上で、情報システム導入を実施することをお勧めする。先行しつつ、同時並行でも構わない。

 IT化に失敗したり、失敗しかけていた企業を含め、すでに50社余りの戦略策定・業務改革・IT化推進に携わってきたが、IT化以前の整理(考え方・意識・制度・業務の進め方)ができていない企業が多い。だからこそ、横軸への取り組みをお勧めする次第である。

情報システムとITガバナンス

 業務と一体化し、ビジネスを形成することが情報システムの役割。情報システムそのものだけが存在しても、ビジネスは成り立たない。このことから、ITマネージャは、情報システムそのもの(縦軸)だけではなく、ITガバナンス(横軸)をも気に掛けなくてはならないことが分かってきたはずだ。ITガバナンスには、次の5つの項目がある(前図参照)。

  • IT戦略:企業を成功に導くITにかかわる方向性・目指す目標・考え方
  • IT組織力:情報システム部門だけでなく、業務部門内でのIT化にかかわる活動・体制を含み、企業内のITにかかわる体制・組織の力全般。ITにかかわる意識を含む
  • 活用・展開力:ITを導入するときには業務・組織の変化が必要だが、その変化をマネージする力を指す。具体的には、導入されたITを活用・展開する力であり、ITリテラシーも含む。業務改革を進める力
  • 運営力:ITにかかわる戦略投資・通常投資を企画・公正・判断し、継続的にモニタリングし、乖離に対してアクションを取れる力。投資効果をモニタリングし、次の計画へとフィードバックできる力
  • 規範維持力:ITにかかわるさまざまな規範(ルール)・ガイドラインを策定し、必要に応じて更新・維持する力

 本稿ではこの5つを、皆さんITマネージャが各企業で(もしかすると企業横断で)「どのように展開・実現していくか」を基軸にする。

 まずどうすべきか。少なくとも、上記に挙げただけのことをこなしていかなければならない。その半面、漠然としていたものがはっきりしてきたので、「あ、これだけをまずはやればいいんだ」と気持ちが軽くなったのではないだろうか。軸(縦軸・横軸)を自分の中で持てるようになること。最初は「項目名称」と「概略」だけでよろしい。中身(詳細)はこれから充実させていくことにしよう。次回以降、深掘りしていくことにする。

 図にあるとおり、縦軸・横軸合わせてたった10項目しかない。そう考えると、「これだけの少人数でこれだけの規模の会社のITをこなしている(またはこなせている)って、俺たちすごいじゃん」といえる人は多いと思う。いつも、周囲から「システム部は……」と非難されているので、少しはうっぷん晴らしできただろうか?

 しかし、ここで問題なのは、「こなしている」という言葉だ。本当にちゃんとできているだろうか? 1つ1つの要望・要請に対して、その品質・コスト・スケジュール(QCD)要件を確認し、応えられているだろうか? 本当は、“もっともっと”を望まれているのに、「少人数でこれだけやっているんだから、我慢してよ」という声にならない叫びを上げていたりして、自己満足に陥っていないだろうか? この辺りも、徐々に解明していくとしよう。

ITマネージャの役割

 「ITガバナンス」を社内に確立するとともに、IT化基点の業務改革を推進・支援し、会社を変えていく。このことこそ、ITマネージャの役割であるということが分かってきたと思う。複数のITマネージャがいて、支援する業務領域・担当が分かれていたとしても、ITマネージャ1人が網羅している業務領域は、その業務を実際に担っている業務部門のどの人よりも広いはずだ。つまりその業務を一番理解しているのはITマネージャであるはずだし、その業務を改革するとき、支援スタッフとして一番必要な人はやはりITマネージャということになる。IT部門のマネージャは社内コンサルタントの役割を担うことも必要になっていくだろう。ただし業務改革自体は、業務部門の幹部職がリード・推進しなければならないものだという認識が必要だし、もちろん、トップマネジメント層の理解がなければ、成功しない。

 「ITガバナンス」の実現のためには、少なくとも「情報システム」そのものを「支配する(内容=中身を熟知し、どこに手を入れるとどうなるかが分かっている)」必要があると書いた(上出)。

 そこでITマネージャがまず目前でやらなくてはならないことは、「過去」を踏まえた「現在」の自社のITを把握すること。まず次の項目を整理することだ。

  • IT部門の歴史(IT部門の役割の変遷、人数の変遷、ビジョン・目標の変遷を含む)
  • IT構築の歴史(失敗・成功の要因分析を含む)
  • ITにかかわる戦略・投資の歴史
  • 全社ITリテラシーレベル(目標値に対して、現時点でのレベル)
  • ITにかかわる規範(方針・ルールやガイドライン)の一覧
  • 情報システムの一覧(概要リスト、レイヤ別の全体図)
  • IT資産一覧(設置場所/使用者/スペック/償却状況)
  • これまでの改革活動の歴史(全社のもの、各部門のもの、ITにかかわるもの)
  • 上記すべてにかかわる課題・問題点一覧

 どの企業に聞いても、上記が2週間程度で出てくることは皆無といってよい。「敵を知り、己を知れば……」というが、自社のITの状態を把握していないITマネージャばかりだ。自社のIT状態を知らずして、どうやってIT化を進めようというのか。設計図も何もなく、部品を買ってきて、車を組み立て、高速道路を走るようなものだ。

 少なくとも上記リストを気にしながら、身の回りを見回してほしい。何か手掛かりがあるはずだ。そして、どれからでもよいので、整理を始めてみてほしい。複数のマネージャが周りにいるならば、協力して整理すればよい。業務部門へのアンケートやインタビューはまだしなくてよい。まずは、自分・自分たち(=ITマネージャ)がどれだけのことを把握しているかを整理する。「俺は全部把握できている!」という方は、ぜひメールをください。表彰させていただきます。

 「あ〜、なんてやることが多いんだろう」と思っているそこのあなた! そう、あなただ。整理しなければならないこと・解決しなければならないことが分かっている、ということは幸せなことなのだ。


さて、池袋マネージャは翌日の夕方までに間に合っただろうか。

神田取締役: うむ。よく1週間でここまで資料をかき集めたな。どこにも資料がなくて、わざわざ作ったものもあるな。手書きで、しかもやっつけ仕事もあるようだが、まぁ、いいだろう。これまでのシステム構築の反省点もよくまとめてある。氷山の一角だろうが、ここまで書けたのは大したものだ。どうやら、IT投資がうまくいかない=システム構築がうまくいっていないのは、IT部門だけの問題じゃないようだ。ITにかかわる戦略投資もあまり方向性や意味を考えたものではなさそうだ


池袋マネージャ: この1週間でこれまでIT部門で愚痴っていたことが整理できた気がします(実は神田取締役が招聘されると聞いたとき、絶対何か聞かれるはずと思っていたんだよね。先行して、この半年ほどで、整理しておいて助かったぁ)


神田取締役: そうだろうな。IT化はIT部門だけが手掛けることではない。全社の人間が同じ気持ちで進めなければならないんだ。そのために、ITガバナンスを確立するための一歩を踏み出そうじゃないか。この問題・課題を深掘りしながら、来年のIT投資をどう行っていくか、計画を練りなさい。考え方をまず整理しないとな。期限は1週間だ


池袋マネージャ: なるほど(げっ!どうすりゃいいんだ?)


神田取締役: 「なるほど」と分かっているんだったら、すぐに取り掛かりなさい。事前に途中経過も教えてくれ


 しまった、と声にならないまでも口元を曲げながら、池袋マネージャは白髪がチラホラ目立ち始めた頭をかいた。


 本稿では「ITガバナンス」と「ITマネージャの役割」を中心に、時には「情報ガバナンス」へも触手を伸ばしながら(ITマネージャの上司であるCIOをはじめとする経営層へ物申すレベル)、明日・来週・翌月にITマネージャが何を考えなくてはならないか、何から手を付けていけばよいかを具体的にお伝えしていくことにする。

筆者プロフィール

三原 渉(みはら わたる)

フューチャーシステムコンサルティング株式会社 ビジネスディベロップメント&インターナショナル事業本部 執行役員。大手外資系コンサルティングファームを経て、2003年より現職。これまで外資系を含む50社あまりの企業の戦略・改革プログラム・プロジェクトの立案と実行、および効果のモニタリングに携わる。特に経営戦略と連動した全社改革プログラム・IT戦略立案に詳しい。改革推進の障害の1つであるトップ層とミドル層の意識・IT知識の乖離(かいり)を埋めるべく、両者への働きかけを精力的に手がける。ご意見、ご感想、問い合わせのメールは、mihara.wataru@future.co.jpまで。


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