新任シスアドの理想と現実と自己満足……(第1話)目指せ!シスアドの達人(1)(2/4 ページ)

» 2005年07月13日 12時00分 公開
[山中吉明(シスアド達人倶楽部),@IT]

職場の現状

 歓迎会では、坂口のIT談議がひとしきり盛り上がり、酔った勢いで「サンドラフトのシステムを俺が変えてやる!」と息巻いたことは、翌朝の坂口の記憶には残っていなかった。

 次の日、坂口が3年先輩の椎名純平と得意先のあいさつ回りから帰社すると、歓迎会の席でシスアドの話に興味深く聞き入っていた、谷田亜紀子が早速相談を持ち掛けてきた。谷田は入社4年目のアシスタント。ソツのない仕事振りと活発で人なつっこい性格で、営業第1課のアイドル的存在だ。1課のみならず、社内の幅広い独身男性からアプローチされているものの、学生時代からの付き合いだった彼氏と遠距離恋愛の末に決別して以来、傷心の日々を送っている。

谷田 「坂口さん、ちょっといま、困ってるんです。助けてください」

坂口 「どうしたんですか?」

谷田 「あの、このエクセルをメールに添付して送りたいんですけど、『サイズが大きいので送れません』って出ちゃうんです」

坂口 「ああ、それなら、圧縮してみたらいいと思うよ。圧縮ツールって持ってる? Lhacaとか」

谷田 「らーか……?」

坂口 「えっと、……それじゃあ、あ、そういえば、それって社内の人に送るの?」

谷田 「はい」

坂口 「それなら、掲示板に貼り付けてリンク先を付けてあげればいいよ」

谷田 「なんか、坂口さん、宇宙人みたいですね」

 隣で背広を脱ぎながら、椎名が口を挟んできた。

椎名 「谷田、そのメール、田所部長に送るんじゃないの?」

谷田 「ええ、そうです。純平さん、よく分かりましたね」

椎名 「だったら、リンク先で送ったりしない方がいいぞ。きっと分からないって電話がかかってくるから。2フロアー上だ。フロッピーで持っていった方がいいんじゃないか?」

 ポカンとしている坂口を横目に椎名は付け加えた。

椎名 「メールすらろくに使えない上司がそろってるんだ。おまえも苦労するから、あまり安請け合いしない方がいいぞ」

  椎名は入社11年目の33歳、坂口とは年齢も近いこともあって、すでに後輩としての愛着がわいている。椎名自身もサッカーで国体に出たこともあるバリバリの体育会系なので、同系の坂口とはやけに気が合う。

 坂口は、昨日、今日とオフィスを眺めていて不思議に思うことが2つあった。1つは、みんなのパソコンの電源がほとんど入っていないこと。もう1つは、手書きの書類があちこちに山積みにされていることだった。仙台支店・営業課は、課長自らパソコンおたくを名乗り、報告を聞いた後に「いまの報告、メールでちょうだい」が口癖で、社員は社内にいるときは、皆端末に向かって仕事をしている姿が日常であった。それと比較すると、東京本社・営業1課は10年くらい昔のオフィスを想像させる雑然さを醸し出していた。

仙台支店との差

坂口 「そういえば、交通費や引越費用の精算手続きをしていなかったな」

 自分の端末を立ち上げながら、坂口はそう思った。仙台支店では、出張交通費や営業経費の精算は、専用の電子フォームにパソコンで必要事項を記載して簡単に申請書を作成できていた。東京本社ならきっと、専用画面から申請を行えば、上司の承認手続きを経て、数日後には自分の銀行口座に振り込みが完了しているような、ワークフロー機能を実現させているに違いないと思っていた。

 しかし、東京本社のトップページからあれこれ探してみたが、経費精算のページがどこにもなかった。掲示板のコーナーがあったので、のぞいてみたが、どれもあまり書き込みがされておらず、パッとしていなかった。

 「どうやら、東京本社では社内イントラの利用状況が芳しくないようだな」と坂口は思った。営業1課は、朝の始業時には全員がそろって活気があるが、皆が営業に出掛けると、残っているのはアシスタントの女性3人と、課長が新聞を読んでいるような状況になる。その日の午前中は、引き継ぎ資料に目を通すために社内に残っていた坂口は、対面の席でパソコンと格闘している谷田に経費精算の方法を尋ねてみた。

谷田 「経費のことなら、松下さんに聞けばバッチリですよ」

 チーフアシスタントの松下真樹は、入社15年目の35歳。かつては営業2課で外回り営業を担当していたが、得意先の社長とトラブルを起こして、総務部へ異動したのが入社5年目。総務部では各種手続きのルール化に尽力し、徹底した事務処理の定型化を実現させた。当時、社内総務事務関連の知識では彼女の右に出るものはいなかった。総務部での功績が認められ、本人の希望がかなって、再び営業現場である営業1課に復帰したのが2年前だった。しかし、外回りではなく、販促企画の推進と営業部の庶務業務窓口を担当することになったことで、自分の処遇に少なからず不満を覚えていた。きりっとしたスーツを身にまとい、男勝りの立ち回りで正論を淡々と語る物おじしない性格の持ち主だ。

坂口 「あの、松下さん、異動関係の経費精算をしたいんですけど、申請方法を教えていただけないでしょうか?」

松下 「あら、そうだったわね。こちらから声を掛けてあげなくてごめんなさい。ちょっと待ってて。この書類を片付けたら引っ越しセット一式、用意してあげるわね」

 松下は、手際よく手元の書類をさばき終えると、傍らの山積みの書類の中から、ひょいひょいと必要な申請書を抜き出していった。

坂口 「すごいですね、どこに何が積まれているか、みんな分かってるんですね」

松下 「はい、じゃあこの書類の太枠の中を漏れなく記入してね。分からない部分は私に聞いてね」

 自席に戻って、何種類もの申請書に何度も住所や氏名を書いているうちに、坂口は「これじゃ駄目だ」と思い始めていた。

〜松下さんも大変だよな、きっと営業1課だけでなく、2課、3課の手続きも全部一手に引き受けちゃってるんだろう。確かにどの申請書にも書き方の手引が付いていて、いちいち質問をしなくても確実に記載ができるように工夫されているけれど……。せっかくみんながパソコンを持ってるんだし、それを使わない手はないだろうに……。そうだ!ここは、一つ俺が申請書の簡単作成ツールを作ってさしあげよう。書類の山が少しでも減って松下さんの仕事も楽になるに違いない。それに俺、シスアドだし〜

 坂口は、記入の終わった申請書を松下に手渡しながら、聞いてみた。

坂口 「この手引は松下さんが作ったんですか? すごく分かりやすいですね」

松下 「そう? すべての申請書には私の作った手引がセットになってるの。便利でしょ」

 松下は得意げにほほ笑んだ。

坂口 「でも、こういう何枚もある書類に1枚1枚住所とか名前とかをいちいち書くのは、ちょっと面倒ですよね。申請が多いと紙もあふれるでしょうし、それに複写式のやつは手が汚れるし……」

松下 「慣れてるから、ご心配なく」

坂口 「ワープロで定型フォームを作って、社内イントラの掲示板に載せておけば、みんなが申請しやすいですよ、きっと。書類を捜す手間も省けるし」

松下 「いいのいいの、そこまでやることないって」

坂口 「松下さん、大変じゃないですか? いつも、机の上は書類がいっぱいだし、2課の人も3課の人も松下さんにいろいろ聞きにきてるじゃないですか」

松下 「あたしが作ったスキームに文句あるの? いいのよ、このやり方が一番慣れてるし、誰からも文句をいわれたことはないわ」

坂口 「あの、僕が作ってみますよ、定型フォーム。雛型っていうんですかね」

松下 「そう、……勝手にしたら」

 松下は不機嫌そうに振り返り、自席に戻った。

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