IT徒然草――コストと利便性を追い求めて失うもの何かがおかしいIT化の進め方(18)(4/4 ページ)

» 2005年07月28日 12時00分 公開
[公江義隆,@IT]
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IP電話とテレビ会議

 いま、各方面でIP電話への関心が高い。その背景にあるのはコストダウンであろう。しかし、コミュニケーションのメディアとして電話に求められるものは何であろうか。

 文書、電子メールやFAXなど単方向の言葉によるメディアが適している、あるいはそれで十分な対象がある。一方、込み入った内容や、お互いの認識に大きな違いがあるような場合には、顔を合わせて腹を割った話し合いが必要になる。顔を合わせた場では、言葉を超えて相手の態度や体や目の動き、わずかな表情の変化、またこれらのさまざまな要素の総合的な結果として作り出される雰囲気など、言葉以外の要素から相手の理解や関心の度合い、考え方や性格、また自分がどう思われているか、……などなど、大量の重要な情報交換がなされている。

 電話ではどうであろう。話した内容に対する相手の理解内容を確認し、誤解があればその場で修正できるという双方向性メディアの特長は、顔を合わした場合ほどではなくても十分に備えている。声の調子から、今日は元気そうだとか、機嫌が良さそうだとかいったこともかなり分かる。伝送遅れのある海外との電話で、込み入った内容のやり取りが何となくやりにくかったという経験をお持ちではないだろうか。問い掛けに対する答えのタイミングの一瞬のズレから、相手の本音や戸惑いが感じ取れることもある。電話によるコミュニケーションでも、交わしている言葉以外に相当多くの種類の情報交換が行われているのである。

 「元気なときの威勢のいい声」「楽しいときの弾んだ声」「気落ちしたときの沈んだ声」「積極的なときのテンポや“間”」「自信のないときの調子」……などなど、言葉の意味の解釈以外に、会話の中で数多くの情報処理と判断を人は無意識のうちに行っている。帯域圧縮、伝送遅れ、雑音などで音声品質が劣化してくると、まず感情が伝わりにくくなる。次に誰の声か分かりにくなり、男か女かも分かりづらくなり、最後に何をいっているのかが聞き取れなくなる。

 「トンボ釣り今日はどこまで行ったやら」、これは江戸時代の俳人、加賀の千代女が帰ってくることのない、亡くなったわが子を思いよんだ句である。この句はどんな“声”で朗読すれば、この心情が表現できるだろうか。この“声”は、どんな音声品質なら的確に相手に伝わるのだろうか。

 コミュニケーション時の情報欠落による誤解や判断ミスによる損失は大きい。雑音が多くて言葉の聞き取りに集中しなければならないような場合には、相手が元気かどうかなど感じ取る余裕はなくなるし、また難しい。しかし、音質劣化によって会話中に失っている情報があることにはなかなか気が付かない場合が多い。コストダウンと引き換えに、コミュニケーションの劣化を招くことのないように、音声品質に十分な関心を持つ必要がある。総務省は、2007年に日本の電話網をIP電話に切り替えるという。この問題を単に技術や経済の問題としてではなく、コミュニケーションの質への影響といった観点を含めて検討されるよう望みたい。

 テレビ会議の設備も大変改良された。しかし、テレビ会議は直接顔を合わせる会議とは別の性格のもののような気がする。直接顔を合わせる会議で誰かが話をしているとき、会議の出席者は何をしているだろうか。説明資料に目をやっている時間もあるし、話をしている人の話し振りや態度を見ながら、「本当に分かって話をしているのかな?」などと考えていたりする。話を聞いている人を見ながら、「この人はこの話に乗る気があるのか、ないのか」をその態度から想像したり、一瞬の顔の表情からその人の関心事項を読み取ったりしていることもある。

 参加者1人1人が、誰のどんな話の内容のときに、話を聞いている誰の反応に関心を示していたかも、大変大切な情報になる。先に述べた芸術的名画のデジタル化の問題ほどではなくとも、顔に表れた人の感情の起伏を映し出すには、各段に高い画像処理技術と画面の解像度が必要であろう。

 こんなことを考えていくと参加者全員が映る(見たい人が見られる)大画面で、かつ一瞬の表情の変化を表せる極めて高い解像度とスムーズな動きの画像である必要が出てくる。こんなレベルとは程遠いのが現在のテレビ会議のシステムであるから、姿が映っていることに過剰期待していると、実は失っているコミュニケーション情報の問題を見落としてしまうことになる。

profile

公江 義隆(こうえ よしたか)

ITコーディネータ、情報処理技術者(特種)、情報システムコンサルタント(日本情報システム・ユーザー協会:JUAS)

元武田薬品情報システム部長、1999年12月定年退職後、ITSSP事業(経済産業省)、沖縄型産業振興プロジェクト(内閣府沖縄総合事務局経済産業部)、コンサルティング活動などを通じて中小企業のIT課題にかかわる


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