本当に有意義なナレッジを得たいのであれば、統計学の活用が欠かせない。大抵の場合は人の直感でも仮説の検証はできるが、統計学を使えればナレッジの品質は格段に良くなるからだ。
例えば、売上データを基にExcelで集計した「男女別商品別の売上クロス表」があるとしよう。数字を見ることに優れた人であれば、男女間に商品し好に違いがあると判別することは難しくないだろう。しかし、「カイ二乗検定」という統計手法を知っていれば、正確に違いがあるか判別することが可能になる。
統計学といってもPCを使えば難しい数式を扱う必要はない。データウェアハウスを使えば、大量のデータからでもクロス集計表を瞬時に作成することができる。そして、クロス表さえ作成できれば、SPSSやJMPなどの統計解析ソフトを使った高度な統計解析が可能になる。営業日報を日記的に書かせる企業があるが、報告項目を細分化しているSalesforce.comやSugarCRMなどのツールを使えば、行動パターン別のクロス集計を作成して、どのような営業行動が成約に結び付いたか、顧客満足につながったかなどについての分析もできるようになる。
情報システムの品質もまた、仮説の立案と検証が実行されるかどうかによって変わってくる。
よくできた情報システムは、システム機能も優れているが、その運用として登録されている基準マスタもよくメンテナンスされているものだ。分類コードなどでは、よく使われるものを上位に登録しておき、あまり使われないものは「その他」コードを使うようにしているケースが多いと思う。しかし、導入当初からメンテナンスせずに放置していると、あまり使われなかったものの頻度が上がり、「その他」コードが頻繁に選ばれるようになってしまうことがよく起きる。
当初の基準マスタの設定は、仮説としての登録にすぎないことを理解していれば、「基準マスタの内容を、運用状況に合わせて見直す業務」が必要だということが分かるはずである。仮説が放置されるところでは品質が低下し、仮説の検証をし続けるところでは品質が向上していくのだ。
目的のものが何であれ、欲しいものを探り出して手に入れるためには、欲しいものに狙いを定めて追い詰めていくことが重要だ。狙いを定めて行動する人は、狙いが外れても失敗から学習することによって、より獲物に近づくように狙いを修正していける。
これに対して、やみくもに行動する人は、たとえ欲しいものに近づいたとしても、次の場面では遠く離れてしまっているのだ。新商品を企画するときにはどんな顧客層が買いそうかを考え、新しい顧客を営業するのであれば、その顧客が何に関心を持っているかを考え、業務改革を推進するならば問題がありそうな組織やプロセスに当たりを付けることが必要だ。必ず仮説を立案してから行動することが、捜査の技術上の鉄則である。
計画や目標を立てただけで、見直しも修正もしないのでは意味がない。仮説を立案してから行動するということは、最初のことだけをいうのではなく、ゴールに到達するまで続けていくことを意味する。
仮説を立案し、得られた結果から仮説を検証し、新たな仮説を立案し続けていくという地道な努力こそ捜査員やビジネス刑事に求められる基本姿勢である。このことはビジネスにおいても何ら変わることはない。勝ち組企業とは勝ち続けるための仮説を立案し続けている企業であり、仮説検証のためにIT武装による情報収集に抜かりがない企業のことである。
今回は、捜査の技術第7条「探索の原点は仮説の立案と検証にあり」について説明した。次回は、捜査の技術第8条「物事の因子(根本)と因果関係(縁)に敏感になれ」について説明する。
見つけた答えには必ずその先にもっと深い理由がある。より深い理由を見つけた者が真実に近づくことができるのだ。表面上の原因に満足せず、問題の根本を探り、因果関係の理屈を知ることによって、未知の問題に対しても答えを予測することができるようになる。
杉浦 司(すぎうら つかさ)
杉浦システムコンサルティング,Inc 代表取締役
京都生まれ。
京都府警で情報システム開発、ハイテク犯罪捜査支援などに従事。退職後、大和総研を経て独立。ファーストリテイリング、ソフトバンクなど、システム、マーケティングコンサルティング実績多数。
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