ユーザーの「思い」は、1つだけではない隠れた要求を見極める!(3)(2/2 ページ)

» 2007年12月11日 12時00分 公開
[並川顕,株式会社NTTデータ]
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課題にかかわる人物たち、それぞれの思いに着目

 リッチピクチャーは、何が課題なのか、その背景は何か、われわれがどういう状況下に置かれていて、どこに向かおうとしているのかなどを示す絵です。そのため、まず着目すべきは、その課題にかかわっている人物です。どのような人たちがその問題にかかわっているのかを考え、表現していきます。

 そして、それらの人たちは課題に対してどのように思っているのかを表現していきます。先に挙げた例のように、ふきだしなどを使って言葉で書くのが一番手軽でしょう。手書きのリッチピクチャーであれば、ふきだしに合わせて自由に顔に表情を付けることができますので、思いが伝わりやすくなります。

 さらに、登場人物同士の関係や立場、それぞれの持論から生まれる意見のギャップなどを表現します。例えば結婚相談所であれば、カウンセリング業務を遂行するに当たって、社長とアドバイザーは協調しているのか、対立しているのか。社長の意見とアドバイザーの意見は補完し合っているのか、衝突しているのか、などを考えながら表現していくのです。

 ここまでリッチピクチャーに記述すると、課題が立体的に認識できるようになります。リッチピクチャーを表現していくというその過程にも、いろいろな発見があるでしょう。さらに、表現されたリッチピクチャーを見る側にも、新しい気付きがたくさんあるはずです。直感的に情報を伝え合い、感じ取り、お互いに新しい発見をしていけることこそ、リッチピクチャーの強みなのです。

 ここで再度、結婚相談所の例に立ち返って考えてみましょう。最初は「カウンセリング時間を確保したい」という要求からスタートしました。時間の問題だけであれば、システムで事務作業を自動化すれば解決するでしょう。それにより、隠れた課題であるカウンセリングの質の問題も、ある程度は解消されるかもしれません。

 しかし、最初から「質」も問題であると認識できていれば、事務作業の自動化だけではなく、例えば「カウンセリング用に統計分析の情報をシステムがアドバイザーに提供する」などといった違う側面からのソリューション提供も考えられます。ここで、本当に求められているのはカウンセリング時間を捻出することではなく、社長の考える「カウンセリングを強みとする会社」を実現することだと気付くでしょう。

 要求を分析することによって、カウンセリング時間の減少という目に見える症状だけではなく、カウンセリングの質の低下という見えにくい症状の存在に気付かされます。そして、「カウンセリングの質」も重要な要素であると、誰もが気付きます。そして、それぞれの課題がどのように絡み合っているのか、問題の根本に気付きます。

 顧客が何を目標として考えており、何を課題と感じているのかを的確にとらえ、その結果多くの発見が得られるほど、もっとレベルの高いシステムの提案ができるようになるでしょう。この「気付き」をどのようにして得るかが大切であり、絵を用いて直感的に考えることができるリッチピクチャーは、こうした「気付き」を得るツールとして大変効果があるのです。

MOYAにおけるリッチピクチャーの活用

 これまで見てきたように、リッチピクチャーを用いて課題を取り巻く状況を表現することにより、問題の背景や背後に隠れがちな文脈が見える化され、気付きを得ることができます。さらに、描かれたリッチピクチャーを見ることによって、プロジェクト参加者間の認識を擦り合わせていくことができます。

 これらはすべて、要求定義のプロセスにおいても非常に有用です。要求と課題は表裏一体であり、課題をよく観察することが要求定義の第一歩になるためです。

 NTTデータが開発した要求定義方法論であるMOYAでは、このリッチピクチャーの持つ特性を生かし、課題に対する俯瞰(ふかん)的観察を行います。以下にMOYAのプロセスに含まれる各タスクの中から、リッチピクチャーの手法を取り入れた「ステークホルダー分析」タスクを概説します。

ALT 図2 MOYAプロセスの中のステークホルダー分析タスククリック >> 拡大

「ステークホルダー分析」タスク

 前回説明した「現状把握」タスクで収集した情報に基づいて、問題にかかわる関係者(ステークホルダー)の視点から分析を進めていくのが、この「ステークホルダー分析」タスクです。

 ステークホルダー分析タスクは、各ステークホルダーにヒアリングを行うことから始めます。ヒアリング対象とするステークホルダーの抽出に当たっては、現状把握タスクで入手した組織図が参考になります。また、顧客の組織外のステークホルダー(取引先、外注先など)に関する情報も入手します。そして、次のことを明らかにしていきます。

・この問題領域には、どのようなステークホルダーがいるのか

・これらステークホルダー間の関係は、どのようになっているのか

・各ステークホルダーは、どのような課題を抱えているのか

・各ステークホルダー間に、意見の対立などはあるか

 これらのことを考察しながら、リッチピクチャーを描いていきます。前述のとおり、この過程では非常に多くの気付きが得られます。新しい課題が発見されることももちろんあります。その気付きや発見を手掛かりとして、さらに顧客から情報を引き出し、より確かで実感のある課題へと発展させていきます。このように、ヒアリングの実施とリッチピクチャーへの表現を繰り返すことによって、課題に対する認識を深化させます。

 さらにリッチピクチャーの特性により、プロジェクトメンバー間で課題に対する共通認識が醸成されます。これは大切なポイントです。要求定義を進める上で、メンバー間でベクトルを統一することの重要性は、ここであらためて説明するまでもないでしょう。

 ステークホルダー分析タスクは、このようにリッチピクチャーを活用することにより課題の解釈を確かにするとともに、開発者と顧客との間で、あるいはプロジェクトメンバー同士で、認識を合わせていきます。

リッチピクチャーとXYZ公式を相互に活用

 MOYAでは、前回説明した「分析領域定義」タスクとこの「ステークホルダー分析」タスクを、相互補完的に実施する方法を採っています。ステークホルダー分析で発見された課題の内容によっては、分析領域を見直すことがあります。反対に、分析領域を定義することによって、ステークホルダー分析で扱う課題を取捨選択することもあります。

 このように、XYZ公式とリッチピクチャーを相互に活用することによって、より本質的な課題に近付いていくことができるのです。

さらに活用できるSSMの思考ツール

 今回は、課題を絵という形で表現・整理しながら解釈を共有するためのツールであるリッチピクチャーをご紹介しました。そして、それが要求定義プロセスの中でどのように活用されるかを説明しました。次回は、これもSSMのツールである「CATWOE」(キャトゥ)をご紹介し、これを要求定義で活用する方法を解説したいと思います。

筆者プロフィール

並川 顕(なみかわ あきら)

株式会社NTTデータ 技術開発本部 ソフトウェア工学推進センタ

国際基督教大学教養学部を卒業後、NTTデータに入社。大小さまざまなシステム開発プロジェクトに従事する。この経験を生かして、現在はお客さまの要求をカタチにする手法「MOYA」の開発と実践を行っている。

MOYAポータルサイト: http://www.nttdata-moya.jp/


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