インドオフショアが、いままた熱い世界のオフショア事情(1)(4/4 ページ)

» 2008年03月24日 12時00分 公開
[幸地,アイコーチ株式会社]
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インド・オフショア受託業界の課題

ALT インド・チェンナイ郊外の風景

 第1回連載の締めとして、インドITの影の部分にも目を向けます。

 中国なんて眼中にないくらいに世界市場で快進撃を続けるインドITですが、筆者の下には「インドITの課題」や「インド開発現場のドロドロとした部分」を解説してほしいという要望が届いています。

 今回は、2008年3月に創刊されるオフショア開発専門誌「オフショア開発PRESS」にインドIT業界の最新記事を寄稿した土肥克彦氏(福岡市/有限会社アイジェイシー代表取締役)との対談を通して、マクロ視点からインド・オフショアリング業界の課題に斬り込みます。

――さっそくですが、インドIT業界の影の部分を教えてください

 現在のインドIT業界にとって最大の問題は、人材不足と人件費の高騰です。国際企業情報調査会社ダン・アンド・ブラッドストリートが2007年3月に発表した報告書によると、インドIT業界は2009年までに約50万人の熟練した人材の不足が見込まれ、人材を確保しようと年間15%のペースで賃上げが進んでいます。

参考記事
円安と人件費高騰で35%の減益に苦しむ中国 (@IT情報マネジメント)

 この状況下でインド地場IT企業の大量採用に加えて、IBMやアクセンチュア、EDSといった欧米のライバルも、2007年6月の時点でインド国内に10万人ものIT技術者を抱えています。これだけの人材確保をたった3年間で達成したのです。

――インドでは人件費の上昇に加えて、オフィス賃料も上昇しており、体力のない小さな会社はインドから撤退せざるを得ないと聞いたことがあります

 それは事実です。インドIT企業各社は、人件費の上昇に対しては2つの対策を考えています。

 1つ目は、人材が豊富なほかの国や地域にオフショア開発業務を移管することです。2つ目は、人件費の安い新人プログラマを採用し、莫大な費用をエンジニア教育に投下して早期戦力化を図っています。最近では、非エンジニアの学生も採り始めており、新人教育のノウハウを応用して7カ月間の研修でエンジニアを育てます。

――政府がしっかりしている中国と比べて、インドではインフラ整備の遅れが指摘されています

 インドでは、電力が不安定で停電なども頻繁に起こるため、こうした危機管理のために余計な費用を要します。実際、それが成長の障害になる可能性があると懸念されています。

 いまのところ、こうした事情をかんがみても、インドIT企業の利益率は欧米の企業より高い水準にあるため、世界的な競争に勝ち抜くコスト構造を維持しています。ですが、中国も欧米向けアウトソーシング市場で勢力を伸ばしつつありますし、ロシアIT企業の台頭も著しいといいます。

 実際、世界のアウトソーシングカンパニートップ100にロシア企業が何社かランクインしています(※)。インドは貧弱なインフラという制約条件が幸いして、皮肉にもIT産業が発展しました。ですが、いつまでも世界市場で独り勝ちの状態が続くとは思えません。


※筆者注:ロシアIT企業:EPAM System(65)、Luxsoft(80)、DataArt(90)(カッコ内の数字は世界アウトソーシングカンパニーの順位)


――日本企業にとってインドIT企業の単価は高いという印象ですが、今後の見通しはいかがでしょうか

 中国と比べると確かにインドは高いと思います。しかも今後は、インド通貨ルピーの上昇が確実視されています。

 インド系企業は収益の大半を米ドルで受け取りますが、インド人スタッフの費用は自国通貨のルピーで支払うことが多いため、ルピーの上昇は直接収益に影響を与えます。2007年初以降、ルピーはドルに対し約12%も価値が上昇しています。

 これに対して、業務の多くをインド国内で行うなどの経費削減策と為替予約などデリバティブ取引の手法などを用いた為替ヘッジを組み合わせることで、ルピー高の影響をできるだけ抑制しようとしています。また請求料率の引き上げという対応もしています。ただ、ルピー高は外国企業の買収を容易にさせるため、海外展開の点では有利です。

参考資料
インド通貨ルピー相場 (Yahoo! finance)

――インドIT各社が日本市場に本格参入する背景には、米国や欧州からの受注に陰りが見えてきたのではないでしょうか?

 それは違います。欧米市場には、相変わらず巨大なアウトソーシング需要があります。

 ところが、米国では自国の労働者保護の観点から、外国人への査証(ビザ)発給が政治問題と化しています。米国ではH-1Bビザ(専門職一時就労ビザ)の発給数が制限されており、顧客企業の米国内の拠点に技術者を送り込まなければならないインド企業にとって死活問題となっています。

 この2年というもの、米移民帰化局が申請受け付けを開始する毎年4月1日には、発給枠のほぼすべてをインドのIT企業が取ってしまっています。2008年の米国大統領選を控えて、保護貿易主義の高まりも新たな火種となっています。

 こういった問題に加えて、サブプライムローン問題による米国の景気後退の懸念もあり、インド企業は米国への過度の依存はリスクと認識しています。それで欧州、日本などの非英語圏の輸出先の確保・拡大が課題となっています。

――結局のところ、なぜインドIT企業は、2007年から日本市場で勢力を伸ばしつつあるのでしょうか

 その要因は3つあると思います。1つ目は、日本企業が中国一極集中を嫌がったリスクヘッジです。2つ目は、提案力に優れ、大規模案件を一括受注して、かつ保守運用まで任せられるインドIT企業の実績と能力が日本市場でも評価されるようになってきたこと。3つ目は、インド側も英語圏市場への依存を避けるためのリスクヘッジとして日本市場にコミットしたこと。具体的には、日本語人材を充実させ、日本の商習慣に合わせて戦略的に下請け受注から実績を作ろうとする企業も現れました。

――中国国内には旺盛なIT内需があり、このおかげで中国ソフトウェア業界はしばらく安泰だといわれます。輸出一辺倒のインドには大きなリスクが潜んでいませんか?

 これまでインド企業は海外にばかり目を向けてきており、おひざ元のインド国内にある大きな事業機会を見逃してきました。

 インドには、37億ドルの国内市場があるといわれますから、決して無視できる規模ではありません。現在、IBMがインド市場の10%を占めており、インド国内のITサービス市場でシェア首位となっています。インドIBMは、携帯電話サービスや不動産、国営銀行、国税庁などの優良顧客と次々に契約を結んでいます。

 2007年、IBMはインド市場だけで10億ドルを売り上げる見込みです。IBMがこれほど成功した背景には、輸出一辺倒だった地元企業の判断ミスがあったと思います。さすがに、インドIT企業大手も反省して、いまではインド市場を見直し始めており、インフォシスも昨年国内市場専門の部署を拡充するなど、インド国内事業を強化する方針を明らかにしています。

――日本企業のトップマネジメントに向けて、インドIT活用の極意を教えてください

 インド進出では、優秀な人材をインドに投入する本気度が必要です。韓国企業駐在員にとって、「インド駐在は夢の出世コース」だそうです。

 国際協力銀行が実施した国内メーカーの海外展開に関するアンケートで、「10年程度先を見越して有望な事業展開先」としてインドが初めてトップになったそうです。インドには新規開拓できる分野もまだ広範囲にあり、かつ規模も大きいものです。評論家あたりは、「日本企業は後発のメリットを生かして」なんて悠長なことをいっていますが、日本がインドに求められているいまこそ市場参入すべきでしょう。

 先日インドIT企業の幹部が、「日本からは大勢の訪問団が来るが、仕事は一向に決まらない」とこぼしていました。実際に協業して、初めて得られるものに気付くことも多いでしょう。ぜひインド企業との協業メリットを考慮し、積極的に取り組んでほしいと思います。

筆者プロフィール

幸地 司(こうち つかさ)

琉球大学非常勤講師

オフショア開発フォーラム 代表

アイコーチ株式会社 代表取締役

沖縄県生まれ。

九州大学大学院修了。株式会社リコーで画像技術の研究開発に従事、中国系ベンチャー企業のコンサルティング部門マネージャ職を経て、2003年にアイコーチ株式会社(旧アイコーチ有限会社)を設立。現在はオフショア開発フォーラム代表を兼任する。日本唯一の中国オフショア開発専門コンサルタントとして、ベンダや顧客企業の戦略策定段階から中国プロジェクトに参画。技術力に裏付けられた実践指導もさることながら、言葉や文化の違いを吸収してプロジェクト全体を最適化する調整手腕にも定評あり。日刊メールマガジン「中国ビジネス入門〜失敗しない対中交渉〜」の執筆を手掛ける傍ら、東京・大阪・名古屋・上海を中心にセミナー活動をこなす。


オフショア開発フォーラムhttp://www.1offshoring.com/

アイコーチ株式会社http://www.ai-coach.com/


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