こんな行為はパワハラですよ!読めば分かるコンプライアンス(5)(3/4 ページ)

» 2008年05月20日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]

パワハラされて行方不明!?

 その翌日の昼休み前。

 鬼河原チームで神崎と同期の今井孝雄が神崎のデスクにやってきて、周囲を気にするように、小声でいった。

今井 「神崎、ちょっといいかな……」

神崎 「お、今井か、どうした?」

今井 「実はな、今日、成瀬さんが出社してないんだよ」

神崎 「え? 体の具合でも悪いのか?」

今井 「いや、違うと思うんだ。いつもはきちんと連絡を入れる人なのに、今日は何の連絡もなく出社してないんだよ……」

神崎 「無断欠勤? ……確かに、それはおかしいな」

今井 「どうやら、昨日、鬼河原さんとひともんちゃくあったらしいんだ。それが原因かどうか分かんないけど、無断欠勤というのはどうにも気にかかるんだ。どこに居るか調べてくれないかな……」

神崎 「なら、お前が調べればいいじゃん! セクショナリズムをいうつもりはないけど、成瀬さんはいまお前のチームじゃん」

今井 「そうなんだけどさ、でも……。分かるだろう? 鬼河原さんの下にいて、仕事以外のことに時間を使ってると、後で何をいわれるか分かったもんじゃない。だからお前に頼んでいるんだ」

神崎 「でも、会社支給の携帯に電話するくらいはできるだろ?」

今井 「そりゃ、電話はしたさ! でも、いくらかけても、電源が入っていないらしくてつながらないんだ」

神崎 「だからって、こんなときチームのメンバーが力になってやらなくてどうすんだよ?」

今井 「それは分かってるんだけど……。な、な、頼むよ?。頼んだよ!」

神崎 「お、おい、おい! 今井……。あらら、行っちゃったよ。まったく、鬼河原チームは大丈夫かね。空中分解しちゃうんじゃないの? そんなことより、成瀬さんが無断欠勤とは、やっぱりフツーじゃない。調べる必要があるな」

 とはいっても、調べる先はそれほどない。

ALT 神崎 亮太

 会社に来ていないとすれば、クライアント先への立ち寄りが考えられる。

 チームによっては、同時に複数の関与先クライアントを抱えていることもあり、そのような場合は、何らかの事情でいずれかのクライアントを急きょ訪問することもあるが、現在の鬼河原チームの関与先クライアントは外資系製薬会社の1社だけであり、しかも、現在はクライアントの事業所での作業ではなく、クライアント先で収集した資料をオフィスで分析し、レポートを作成している段階のはずだから、成瀬がクライアント先に出向いている可能性はかなり低い。

 そのことは、同じ鬼河原チームの今井も知っているはずである。また、会社に来ているとすれば、自分のデスク以外で9時15分の始業時刻からいままでの2時間強を過ごせる場所はないし、そんなに広くはない社内だから、誰にも見つからずに隠れていられる場所もない。

 となると結論は1つ、行方不明である。

 神崎に残されている調査方法は、成瀬の元上司であり自分の現上司である大塚敏正マネージャと、法務部長の赤城雄介に問い合わせることだ。大塚は、かつて成瀬が自分の部下だったころは何かと目を掛けていたので、成瀬がコンタクトしている可能性がある。赤城は法務部長と兼任でコンプライアンス推進室のメンバーだから、悩み事を抱えた成瀬が相談を持ちかけているかもしれない。

 神崎は内線電話で大塚と赤城に連絡して、成瀬からのコンタクトがなかったかどうかを聞いてみた。しかし、大塚も赤城も成瀬からは何の連絡も受けていなかった。そればかりではなく、彼らにとっても成瀬の無断欠勤の話は初耳だったようで、2人とも少なからず驚いていた。

 そして、「ほかに成瀬が連絡していそうな人はいないだろうか」と考えていたとき、大塚から折り返し電話が入った。

大塚 「神崎、成瀬の自宅に電話して、みっちゃんに聞いてみてくれ。こうなったらそれしかないだろう」

神崎 「なるほど、そうですね。分かりました。みっちゃんと話してみます」

 みっちゃんというのは、成瀬の妻の美知代のことであり、神崎と同期入社のかつての同僚である。成瀬は自分の1年後輩のみっちゃんと社内恋愛のすえ、1年ほど前に結婚していたのだった。

大塚 「で、何か分かったら、すぐにおれと赤城さんに知らせてくれ。赤城さんもこの件をかなり気にしているようだからな」

神崎 「分かりました。そうします」

ALT 成瀬 美知代

 美知代とは、「みっちゃん、かんちゃん」と呼び合うほど気心の知れた同僚だったが、彼女が成瀬と結婚してからは、家庭人となった彼女の立場を尊重して、神崎から彼女に連絡することはなかった。しかし、大塚のいう通り、このような状況では、成瀬の妻である彼女に連絡を取るしかないし、ある意味ではそうすべき状況でもあった。

神崎 「もしもし、あ、みっちゃん? 久しぶり。神崎です」

美知代 「あら?、かんちゃん! 元気ぃ!? でも、平日のこんな時間に電話をくれるなんて、どうかしたの?」

神崎 「うん、実はな。……そのぉ。……あのぉ」

美知代 「何よ、はっきりしなさいよ! かんちゃんらしくないわね!」

神崎 「実は今日、成瀬さんが会社に来ていないんだけど、まさかまだ家で寝てる、なんてことはないよねぇ?」

美知代 「え? ……。今朝はいつも通りに家を出たけど、会社に行ってないの?」

神崎 「いや、その……、だから、まだ来ていないというだけで、あのなんだ、何も最悪の事態になったって決まったわけじゃなくて、だから、その……」

美知代 「やだ、何いってんのよ! そんなことは心配してないわよ。彼、確かに気が弱いところがあるけど、バカをやる人じゃないわ」

神崎 「どこか行き先に心当たりある?」

美知代 「いえ、心当たりはないけど、プライベートで使っている携帯電話を持っているから、メールしてみるわ」

神崎 「プライベートの……」

美知代 「そ。主に私との連絡で使うんだけどね。うふ」

神崎 「うふ……って、なんか、心配しているこちとらがアホみたいじゃん」

美知代 「ごめんね。そうよね、無断欠勤はいけないわよね。すぐに連絡を取ってみるわ」

神崎 「あぁ、頼むよ。大塚さんも赤城さんも心配してるから、何か分かったらすぐ知らせてくれよ。おれの内線番号は4480で変わってないから」

美知代 「大塚さんかぁ、懐かしいなぁ……。元気にしてる? ……そういう場合じゃないわよね。分かった。すぐに連絡するから、いまはいったん切るわね」

 その10分後。美知代から折り返しの電話があった。

神崎 「え? もう分かったの!? すごい調査能力だね!」

美知代 「やだわ。わたしたち夫婦なのよ。調査とか、そんなんじゃないわよ」

神崎 「分かった、分かった。で、どこにいたの?」

美知代 「それがねぇ、ほんとご迷惑かけてごめんなさいね。朝家を出ていつものように電車に乗ったんだけど、どうしても会社に行くのが嫌になって、山手線に乗ったままグルグル回ってたんですって。いま、3周目に入ったところとかいって……。ほんと、ごめんなさい。で、今日はどうしても気持ちの整理がつかないし、頭痛もするとかいうものだから、会社はお休みにさせてもらいます。申し訳ないけど、大塚さんにそのように伝えてくれる? え? いまは鬼河原さん……? ええ、知ってるわ。でも、彼がそういうのよ、大塚さんに伝えてくれって。鬼河原さんにはいらないからって」

神崎 「なんか、昨日、鬼河原さんとひともんちゃくあったって聞いてるけど、よっぽどひどかったのかなぁ」

美知代 「さぁ……。さっきはメールのやりとりだけだったから詳しくは分からないけど、最近、何だかとっても憂うつそうだったのは事実ね。家では私に心配かけたくなくて元気そうにしてたけど、何かあったのかもしれないとは感じていたわ。とにかく、今日じっくり話してみる。それで何かあったらまた電話する。じゃ、大塚さんにはくれぐれもよろしくいっといてね。じゃあね。バイバイ」

 電話を切った神崎は、どうやら事態は大事ではないようなので、取りあえずはほっと胸をなでおろし、いままでの経緯を大塚と赤城に報告した。彼らも安心したようで、大塚は、鬼河原には自分の方から伝えておくといってくれた。

 しかし、事態は彼らの認識を超える様相を示すことになるのだが、いまの彼らはそのことを知る由もなかった。

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