ITSSは、いまどう使われているのかITSSはなぜ生かされないのか(1)(2/2 ページ)

» 2008年06月03日 12時00分 公開
[井上 実,@IT]
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新人以外の研修時間は新人の1割前後しかない

 ITSSを導入し、会社として人材育成に取り組んだ場合、その結果の1つとして「研修時間の増加」が見られるはずである。

 ところが、SECの調査では、新人ソフトウェア技術者に対する研修時間は、図表6のようにメーカー系、ユーザー系、独立系いずれのケースでも中央値が400時間(1日8時間とすると50日間相当)を超えているのに対し、新人以外のソフトウェア技術者の研修時間は図表7のように、その1割以下の40時間(同5日間相当)前後に留まっている。

図表6 新人ソフトウェア技術者研修時間【出典】情報処理推進機構 SEC、「エンタプライズ系ソフトウェアにおけるSE度の実態調査」、2007年10月、P25

図表7 新人以外のソフトウェア技術者研修時間【出典】情報処理推進機構 SEC、「エンタプライズ系ソフトウェアにおけるSE度の実態調査」、2007年10月、P25

 もちろん、スキルは研修だけで身に付けられるものではないが、この差は何を示しているのだろうか。

 ITSSもVer.2.0からは、スキルレベルの判定は実績・経験を表す達成度指標で行うことを推奨していることからも、研修のようなOff-JT(オフザジョブトレーニング)よりも、現場でのOJT(オンザジョブトレーニング)が重要なことは理解できる。

 しかし、技術の変化が激しく、情報システムの企業内での位置付けが大きく変わろうしている現在において、そもそも目標となる人が身近にいないことも多い。こういった企業でこの状況を補うためには、外部の研修やトレーニングに参加する必要がある。そのため、研修時間が人材育成への取り組みの1つの先行指標となると思われる。

 しかし、残念ながら、人材育成の先行指標においても、ITSSは効果を発揮していないようである。

人材育成にITSS導入が生かされていない原因は

 では、なぜ、ITSS導入がIT人材育成に生かされていないのだろうか? 筆者は次の3点が大きな原因ではないかと考えている。

(1)求められる人材ポートフォリオが作られていない

 求められる人材ポートフォリオとは、経営戦略を実施するためには、いつまでに、どの職種のどのレベルの人を何人必要とするのかを示したものであり、現状の人材ポートフォリオと比較することによって、人材ギャップが明確になる。この人材ギャップを内部で解消するために人材育成の目標を定め、具体的な施策を実施する。

 求められる人材ポートフォリオがないと、ITSSに基づくスキル診断を実施し現状の人材ポートフォリオを作成することはできても、人材ギャップが明確にならないため、これを解消するための人材育成には結び付かない。人材育成の目標を定めることができなければ、会社として人材育成に取り組むことができないのだ。

 スキル診断の導入を先行させた企業では、求められる人材ポートフォリオがないために、スキル診断結果を人材育成に生かすことができずに終わっている企業が多い。

(2)人材育成の仕組みが構築されていない

 人材育成は一朝一夕にできるものではなく、継続的な取り組みが必要となる。

 そのため、会社の中に人材を育成するための仕組みがなければならない。仕組みがなく、「人材がわが社のすべて」といっているだけではスローガン倒れに終わり、何ら結果を残すことはできないだろう。長期間にわたる人材育成を確実に管理していく仕組みがなければ、会社としての人材育成は実を結ぶことはない。

 ITSSの導入によってキャリア体系が構築できたとしても、人材育成の仕組み作りが行われなければ、人材育成に効果を発揮することはあり得ない。ITSS導入企業の中には、キャリア体系が絵に描いたもちに終わっている企業が散見されるが、これらの多くは人材育成の仕組みを作らずに、体系作りだけに終わってしまっている。

(3)人材育成の仕組みに必要なツールが作られていない

 人材育成の仕組みが作られたとしても、実施・運用されるためには、運用を容易にするツールが必要である。ツールとしては、研修ロードマップや実務ロードマップなどがあり、人材育成の仕組みと同時に作成しなければならない。

 しかし、研修ロードマップにしても、ITSSから提供されているものはレベルアップに必要なモデルコースまでの情報であり、市販の研修コースのどれがどこに該当するのかは示されていない。

 また、研修ベンダから提供されるITSS準拠研修ロードマップは、自社のカリキュラムしか掲載されていない。そのため、ITSS導入企業でこれらの情報を組み合わせて整理し、自社に必要な研修を抽出して自社用研修ロードマップを作成しなければならないが、対象となる情報量も多く容易な作業ではない。そのため、ITSSを活用した人材育成の仕組みを作ったものの必要なツールの作成ができず、結果として人材育成に結び付いていない企業が多い。

 次回からは、ここで挙げた3つの要因をさらに個別に追究し、根本的な原因を洗い出したうえで、解決の方向性を検討していく。

参考文献

筆者プロフィール

井上 実(いのうえ みのる)

グローバルナレッジネットワーク(株)勤務。MBA、中小企業診断士、システムアナリスト、ITコーディネータ。

第4回清水晶記念マーケティング論文賞入賞。平成10年度中小企業経営診断シンポジウム中小企業診断協会賞受賞。

著書:『システムアナリスト合格対策』(共著、経林書房)、『システムアナリスト過去問題&分析』(共著、経林書房)、『情報処理技術者用語辞典』(共著、日経BP社)、『ITソリューション 〜戦略的情報化に向けて〜』(共著、同友館)。


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