ヤクザが会社にやってきた! どうする?読めば分かるコンプライアンス(7)(3/4 ページ)

» 2008年08月05日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]

「きぎょうしゃてい」というもの

ALT 清水 政男

 こわばった表情でお辞儀した赤尾文子に笑いながら手を振って外に出た清水は、スーツのポケットから携帯電話を取り出して、自分の「上司」である片桐にかけた。

清水 「もしもし、片桐の親分ですかぃ、清水です」

片桐 「おう、清水か。で、今日はどうだった? 目ぼしいカモはいたか?」

清水 「今日は3つほど回ったんですがね、3つ目のグランドブレーカーっていう会社の橋本ってヤロウですがね、どうやらいいカモのような雰囲気なんで……」

片桐 「ほう。どんな感じだ?」

清水 「これがまた、優柔不断を絵に描いたようなやつでしてね。ちょっと怒鳴りつけてやったらすぐビビりやがるし、民法を持ち出したらイチコロでさぁ」

片桐 「そうか。カモがネギしょってやってきた、ってやつか」

清水 「へい。あさってのアポを取ってきたんで、霧島の兄貴と一緒に行って、雑誌購読と観葉植物の話を押し込めば、橋本は契約書に判を押しますぜ。霧島の兄貴はしゃべりはいまイチですが、あの押し出しとこわもては、居てくれるだけで相手はビビりますからね。そしたらこっちのもんで、いろいろと金や情報を引き出すのはちょろいもんでさぁ。うまくすりゃ、東京の本社にも食い込めるかもしれませんや。そうなりゃ、稲山会片桐組の組長として、本部に大きな手土産になりますぜ」

片桐 「まぁな。よし! 東京の本社とかは先の話として、あさっては霧島と一緒に行って、その橋本ってヤロウを取り込んで来い!」

清水 「分かりやした!」

 一方、茫然(ぼうぜん)自失の状態から目覚めた橋本は、大慌てで赤城法務部長に電話をかけた。

橋本 「あ、あ、赤城さんですか? 橋本です。実はいま、長野に着いて昼飯を食おうとしたら大東亜商会の清水ってのが民法の瑕疵担保責任で期間延長なので、観葉植物が必要みたいなんです……」

赤城 「橋本さん、……橋本さん! 落ち着いて! 落ち着いて話してください!!」

橋本 「これは、どうも、失礼しました。実はですね……」

 橋本は逸る気持ちを抑えて、赤尾文子から受話器を受け取ってから、先ほど清水が応接室を出て行くまでの顛末(てんまつ)を、順を追って詳しく説明した。

橋本 「ということで、あさって、またやって来るってことになってるんですよ」

赤城 「なるほど……」

橋本 「赤城さん、思うんですが、ここは1つ、観葉植物をレンタルして情報誌を購読すれば、賃貸期間の延長は立ち消えになるんじゃないですかね」

赤城 「橋本さん、その優柔不断がすきを生むんですよ。相手が企業舎弟だったらどうするんですか。恐らくそうだと思いますよ。もちろん、私の方で裏付け調査はしますが、まず間違いなく、大東亜商会という会社は企業舎弟でしょうね」

橋本 「きぎょうしゃてい……。というと、その、何なのでしょう?」

赤城 「実質的にはヤクザの下部組織ですが、暴力団対策法の網の目をかいくぐるために、株式会社の形態をとっている会社のことです。そんな会社と関係を持ったら最後ですよ。連中は観葉植物のレンタルをきっかけにして、クモがクモの巣の糸で虫を絡め取るように、相手の企業の金や設備や情報を食い物にしてしまいますからね。それに、そんな会社と付き合っていることを世間が知ったら、わが社の社会的信用はがた落ちです。ここは断固として拒絶しなければだめですよ!」

橋本 「そうなんですか……。でも、見るからにヤクザヤクザしていて、ものすごく怖いんですけど……。暴力を振るわれたらどうしましょう? 刃物とか持ってたりして……。それと、ヤクザにしては、やけに法律に詳しいようだし……。恥ずかしながら、私は民法なんてあまり知らないんで、まずい対応をしそうなんですけど……」

赤城 「企業舎弟は利益を上げるのが目的だから、見た目や言葉遣いはヤクザでも、よほどのことがない限り暴力は振るわないので、その点は大丈夫ですよ。それと、民法ですけどね。確かに、企業舎弟はけっこう勉強熱心ですよ。法律を振りかざして相手をビビらせて金を取るのが仕事ですからね。わが社の社員より法律に詳しいかもしれない。でも、『瑕疵担保責任があるから、最低でも1年間は長野に居なきゃいけない』なんてことは、まったくありません。清水のいってることはほとんど、失礼ながら、橋本さんのように法律に詳しくない人を驚かすためのはったりですね」

橋本 「そうなんですか。安心しました。でも、あさって、またあの清水を相手にして、どういうふうに話せば、断固として拒否できるのやら……」

赤城 「そうですね。確かに橋本さん1人で応対するのは心細いでしょうし、リスクマネジメントの観点からいっても得策ではないですね。……分かりました。法務部の小林勝明くんをそちらに行かせて、今夜か遅くとも明日の朝には、橋本さんと打ち合わせができるようにしましょう。小林くんには必要な事柄や作戦を教えておきますから、彼とじっくり打ち合わせて、あさっての会合に対応してください。いいですか、橋本さん。わが家に押し売りが押しかけてきて、必要のない品物を買わせようとしているのと同じ状況だと思ってください。清水という男に対して、橋本さんはグランドブレーカー家の家長ですからね。一家の主として毅然(きぜん)とした態度で応対してくださいよ!」

橋本 「分かりました。何とかやってみます!」

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