上司が裏金を受け取っていたら……チクっていいの?読めば分かるコンプライアンス(9)(4/4 ページ)

» 2008年09月09日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]
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横領社員の行く末

 グランドブレーカー人事部長・内田功治が、懲罰(ちょうばつ)委員会の開会を宣言した。

内田 「それでは、招集を要請した赤城法務部長にご説明いただきましょう。赤城さん、よろしく」

赤城 「はい。本日協議していただきたいのは、不動産系グループの河田啓三マネージャの処分についてです。詳しくはお手元の資料に記載されていますので、要点についてご説明します。河田の処分を求める根拠は3つあります」

 委員たちは、資料のページをめくった。

赤城 「1つ目は、不動産系グループで採用されていた中田という派遣社員からの通報です。河田が朝日興業という広告代理店とつるんで裏金を作っている可能性があるという通報でした。その内容に従って、法務部の小林くんが関連ファイルを入念に調べてみました。河田は3件のプロジェクトにおいて朝日興業に発注しています。その3件とも、朝日興業のほかに2社が相見積もりに参画しているのですが、その2社のうち1社が、架空の会社だったのです。おそらく、朝日興業が相見積もりの体裁を整えるために、気心の知れた会社に当て馬になることを依頼し、もう1社は自分で架空の会社を作り上げたのではないかと推測されます。そうやって、相見積もりの手続きを踏んだという書類を作り上げておいて、実際の料金よりも高い料金で朝日興業が受注するように仕組んで、河田がその差額を朝日興業から裏金として受け取っていたのではないかと推測されます。河田に直接事情聴取したとき、これらの点について問いただしてみたところ、河田は否定も肯定もせず、いわば黙秘し続けました」

 資料を読んだ委員たちからは、強い疑いが残るという意見が表明された。

赤城 「処分の根拠の2つ目は、中田に対する河田のセクハラ行為です」

 赤城は、直接中田から事情聴取した赤坂のバーでの出来事の内容を報告した。委員たちは、あきれて物もいえない、という表情をして聞いていた。

赤城 「処分の根拠の3つ目は、実はこれが最大かつ究極の根拠なのですが、法務部の小林くんが中田の通報に従って調査を開始したその日、河田は中田を会議室に呼び出して、通報したのはお前だろう、何を証拠に通報したのかと詰問し、中田が答えないでいると、そんなやつはクビだとわめいて、すぐに派遣会社に連絡し、中田の派遣契約をキャンセルすると伝えたのだそうです。派遣契約はつい最近更新されたばかりだったし、中田にはキャンセルされる落ち度は何もありません。従って、河田のキャンセルは理由のない不当なキャンセルであって、当社に契約不履行の責任をもたらしたことになります。それ以上に、河田がこのような強引なキャンセルをしたという事実が、自分で裏金作りの不祥事を証明しているといえます」

 委員たちは、赤城の見解にうなずいて同意した。

赤城 「中田は、匿名ではなく実名で通報してきました。通報内容に責任を持つためだといっていました。このような真摯な通報に対しては、真摯に取り組むことが企業の責任だと思います。もし、企業の取り組みが中途半端で、なれ合いの処分でお茶を濁すようなことをすれば、通報者の信頼を失うだけではなく、全従業員の信頼を失うことになります。河田の場合、いままでご説明してきた事実を基に判断すれば、懲戒解雇とするのが相当だと思います。また、通報内容が事実であるか否かによらず、通報者のプライバシーや身分はしっかりと保護されなければなりません。そうでないと、会社全体のコンプライアンス体制は絵に描いたもちになります。中田の場合も、河田が行ったキャンセルをキャンセルし、いままで通りの契約を維持していることをご報告します」


 1週間後、法務部・コンプライアンス推進室。

中田 「小林さん、さっき、ヘルプラインにあった通報の内容をメールしておきました。何だか、河田さんのケースに似てなくもないんですよね。そうしたら、河田さんと同じように、懲戒解雇ですよね!」

小林 「まぁまぁ、中田さん。コンプラ推進室配属になったからって、そう気張らずに」

中田 「いいえ、私は悪事を見ると黙っていられないんです!」

【次回予告】
 取引先を通じて裏金作りをしていた河田。裏金作りだけでなく、パワハラ・セクハラも行っていました。

 河田は、中田に通報され会社に裏金作りがバレると、中田を不当解雇します。倫理的に河田の行為が許されないのは分かりますが、実際にコンプライアンス面ではどのような根拠があるのでしょうか。次回は、この話の中に「どんなコンプライアンスの問題が潜んでいるのか」を、筆者が分かりやすく丁寧に解説します。なお、次回は9月10日に掲載予定です。お楽しみに。

著者紹介

▼著者名 鈴木 瑞穂(すずき みずほ)

中央大学法学部法律学科卒業後、外資系コンサルティング会社などで法務・管理業務を務める。

主な業務:企業法務(取引契約、労務問題)、コンプライアンス(法令遵守対策)、リスクマネジメント(危機管理、クレーム対応)など。

著書:「やさしくわかるコンプライアンス」(日本実業出版社、あずさビジネススクール著)


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