時代の変化から、CIOとしての役割を知る進化するCIO像(2)(3/3 ページ)

» 2008年09月18日 12時00分 公開
[碓井誠(フューチャーアーキテクト),@IT]
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ビジネス、システム、ITを見渡し、価値創出の領域を「絞り込む」

  さて、以上のように、CIOは社会の変化を知り、外部の成功要素を自社に取り入れることが重要である。しかし理屈としては理解できても、いざ実践する段となると、あまりにも範囲が広いため、二の足を踏んでしまうことになりかねない。これを実行するには、情報の収集・分析、総合的な組み立て・共有、さらにその活用を効果的に進めるうえで、アプローチの方法を整理する必要がある。

 では、この課題にどう取り組めばよいのか──冒頭で述べた「CIOが輝きを持ち続けるため」の2つ目の方法を伝えよう。ここでも私の提案は、小売業の手法を活用することである。それは「絞り込み」の手法である。

 「絞り込み」とは、多様化するニーズや商品の中で、「そのとき」「その店で」「その店の顧客にとって必要な」商品を集中してそろえ、商品の種類を絞ることで、メリハリを付け、欠品防止とニーズの変化に即応した商品入れ替えをタイムリーに行う手法である。これを事業戦略として表現すれば「選択と集中」の考え方に近いが、ポイントは「新しい商品や変化を敏感に取り入れて、日常的に変化を進めること」にある。

 IT活用にもこの手法が有効である。図2に示す通り、ITの持つイノベーションパワーの特徴を理解したうえで、ビジネスとシステム、ITの3つの領域に分けて、自社や業界の主要なテーマやトレンド、技術要素やソリューションを整理し、継続的に評価すべきテーマを設定して、「いま、何が必要なのか」ウォッチしていくのである。

ALT 図2 ITのイノベーションパワーとその影響を前提に、世の中のトレンドを見渡す。具体的には、社会一般において、ビジネス、システム、ITという3領域で、いま何が起きているのか、トレンドをキーワードとして抽出する。さらに自社の業界のトレンドも把握し、「自社の課題を解決するにはどうすればよいか」という視点で全体を見渡し、必要な要素をピックアップしてソリューションへ落とし込んでいく

 例えば、図2を読み込むと、「ビジネス領域では顧客ニーズを軸にした異業種連携を視野に入れ、システム領域ではバリューチェーン全体で一貫したシステムをデザインすることを目指し、IT領域では自社に最も適したIT活用を追求すべき」といったロードマップが自ずと浮かび上がってこよう。

 このように、時代の変化や戦略、業務課題に応じて、評価すべきテーマを総合的に整理するとともに、ビジネス、システム、ITを見渡して最も効果的に組み合せられるデザインを追及することで初めて、的を絞った効果的なシステム構築が可能になるのである。

 また、近年の社会全般における重要な傾向として、図2中央に示した「顧客・マーケットのオープン化への対応」すなわち、「インターネットによるオープン環境と、リアルとバーチャルの融合によるサービスレベル向上への対応」がある。これは企業と顧客に新しい関係性を生み出し、企業同士においては“競争”と“協調”という新たなテーマの追求を求めるものといえる。市場と技術全般を見渡し、“いま”だけではなく、“先”を予見することも重要なテーマである。

ITの革新性とパートナーシップが、セブン銀行の礎を築いた

 では最後に、こうしたアプローチから生まれた典型的な事例を簡単に紹介しよう。 それは1998年より検討を開始した、セブン-イレブン・ジャパンによる「ATM運営会社構想」である。

 1990年代後半、“買い手社会”への変化は、金融市場においてリテールバンキングの広がりを生んでいた。銀行には金融ビッグバン(金融取り引きの自由化)と不良債権問題に端を発した金融危機からの脱却のため、リストラや効率化、リテールビジネスの拡大が求められていた。

 こうしたタイミングの中で、セブン-イレブンは1999年10月には主要都銀を巻き込み、ATM試作機の開発と運営会社の事業計画をまとめた。その圧倒的な利便性とローコストを誇る「24時間ATM運営」という構想は、銀行の不採算領域である行外ATMサービスの置き替えに渡りに船の提案となった。

 これには、社会やビジネスの変化が大きな背景としてあっただけではなく、セブン-イレブンにおけるIT戦略の大きな転換が、競争力の高いATMサービスを実現する原動力となっていた。その“転換”とは、1997年よりスタートした「第5次店舗システム」におけるWindows OSを活用したオープン化である。

 発注業務などを支援する店舗システムの365日24時間運用自動化と、信頼性向上のために開発したミドルウェア群が、世界初のWindows OSによるATMを実現したのである。というのも、このときATMに搭載されたソフトウェアは、第5次店舗システムのシステムモジュールやそのノウハウを幅広く活用して開発されたものだったのである。

 障害監視や安定運用のノウハウはもちろん、いまでは500機関以上となった取り扱い金融機関の独自画面を容易に操作できるよう支援するマルチメディアシステムなど、店舗システムの優秀性を徹底的に活用するために、あらゆるポイントで連携や共有化を図っていた。当初、銀行関係者はこれを暴挙であると不安視したが、デモ機の操作とATMネットワーク全体のクオリティレベルを認識したとき、これを快挙として迎え入れた。

 このように、ビジネス、IT、システムの各領域での変化を目的意識を持ってスタディし、最適の組み合せでタイミングよく、新規事業やソリューションの形に組み立てることによって、ATMサービスは、システムのハード、ソフトをはじめ、その運用や整備、また現金搬送、システム監視などを含む全体コストで、銀行の行外設置ATMに対し、3分の1の費用で実現することができたのである。

 少々でき過ぎな話のように聞こえる面もあるが、これはまさしく「ITのイノベーションパワーとその影響を前提に、世の中のトレンドを見渡した」結果であった。そしてこの事例でもう1つ、重要な点は、新たな挑戦をともにしたパートナーとの連携である。

 金融業に何のノウハウもなかったセブン-イレブンが、さまざまな困難を打ち破ってこられたのは、野村総研やNEC、綜合警備保障、日本ATMといったパートナーとの協業の賜物であった。生活者視点の新たなATMサービスの構築を通じて、「われわれはIT活用の大きな可能性をさらに高めようという“使命感”を共有していた」と、私はいまでも思っている。

 この後、時代は“金融再編”の大きな流れの中、「民間企業による銀行設立の認可」という規制緩和に至り、この構想は「銀行構想」としてグループプロジェクトに発展していった。そして2001年4月のアイワイバンク銀行(現セブン銀行)設立へとつながっていくのである。ここでも店舗システムで培われたノウハウを存分に生かしており、セブン銀行の勘定系システムにオープン技術を用いたり、顧客インターフェイスにインターネットバンキングを活用するなど、ローコスト運用を実現した。

 ちなみに同行のビジネスモデルは「決済専用銀行」であり、セブン-イレブンを中心とした1万3000台のATM運用を収益源としていることで、銀行店舗網を整備する費用負担は発生しないビジネスモデルである。


 今回の結論として、あらためてまとめておこう──CIOは常に世の中の変化を見極め、外部の“革新”を社内に取り込むべく、「売れ筋は外にある」という考え方を実行しなくてはならない。そのためには、自社および情報システム部門の役割とテーマを明確にし、注視すべき変化と取り組むべき課題を「絞り込み」、変化に迅速に対応できる態勢を取ることが必要である。

著者紹介

碓井 誠(うすい まこと)

1978年セブン-イレブン・ジャパン入社。業務プロセスの組立てと一体となったシステム構築に携わり、SCM、DCMの全体領域の一体改革を推進した。同時に、米セブン-イレブンの再建やATM事業、eコマース事業などを手掛けた経験も持つ。2000年、常務取締役システム本部長に就任。その後、2004年にフューチャーシステムコンサルティング(現フューチャーアーキテクト)取締役副社長に就任し、現在に至る。実務家として、幅広い業界にソリューションを提案し、その推進を支援しているほか、産官学が連携した、サービス産業における生産性向上の活動にも参画。さらに各種CIO団体での活動支援、社会保険庁の改革委員会など、IT活用による業務革新とCIOのあり方をメインテーマに、多方面で活動を行っている。


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