クラウドの潮流を考える――らせん的進化・その2オブジェクト指向の世界(27)(3/3 ページ)

» 2009年05月22日 12時00分 公開
[河合昭男,(有)オブジェクトデザイン研究所]
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アプリのオープン化 − サービスの再利用とクラウドの潮流

 インフラのオープン化が一段落したところで次に起きた変化は、インターネットによるアプリのオープン化の波です。Webアプリも企業内で独自に構築していましたが同じようなアプリは世の中にたくさんあり、それらを再利用できれば便利です。インターネットによる再利用技術の流れがSOASaaSと呼ばれるものです。サービスをインターネットで外部から呼び出して使えるようなインターフェイスを公開します。この公開されているサービスを部品として自社のアプリを構築することができ、パッケージのようにサービスをカスタマイズして使用できる仕掛けも出てきました。基幹業務やデータが社外にあるという不安要素とコストとのトレードオフの問題がありますが、このSaaSと呼ばれるサービスは米国で評価され、普及し始めています。

ALT 図4 アプリのオープン化の潮流

 標準的なサービスでこと足りるなら、アプリを自社開発する必要はありません。古典的名著『人月の神話』[2]にも「購入できるものはあえて構築しない」ことが強調されています。この究極の姿としてクラウド・コンピューティングが注目されています。サービスはクラウド(雲)の彼方から提供されます。グーグルやアマゾンなどネット仮想社会で巨大化した企業によるサービスの提供合戦はやがてまたメインフレーム時代の囲い込みの復活となるでしょう。囲い込みの生活は楽な半面、いったんそこに入ると容易に抜け出すことができない怖さがあります。

 ヘーゲルに「主人と奴隷の弁証法」という説話[3]があります。難しい解説は省きますが、主人が奴隷にあれこれさせるうちにいつしか主人は奴隷がいなければ自分では何もできないことに気付き、奴隷もそれを知ると主従の力関係は逆転する――というものです。クラウドを便利な道具として使い始めるとやがてその道具なしでは業務が回らなくなってしまいます。いつしか道具の方が力が強くなってきます。サーバ(奉仕人)は本来クライアント(客人)あっての奉仕人のはずですが、いつしかクライアントはサーバなしには生活できなくなり、奉仕人の力が強くなって主従関係が逆転します。技術やコストとは別のリスクの問題もあるわけです。

続く力のせめぎ合い

 今回は対話型のアプリケーション・アーキテクチャの変遷をマクロな視点で展望してみました。メインフレーム+ダム端末からインフラ系のイノベーションによりオープン化に進みC/S型アプリへのダウンサイジングが大流行しました。一方では全社統一の基幹業務が部門ごとに不統一になるという問題が生じました。

 次のイノベーションはWebアプリです。オープン化によるダウンサイジングの波は、アプリをメインフレームからPCに下ろしましたが、Webアプリのブラウザはダム端末のように機能はシンプルで、アプリはまたサーバに押し返されました。また利用者との対話を行う入出力の機能とアプリの本体との関係はメインフレーム時代のMVCパターンが復活しました。

 ここまで進化したインフラのオープン化の波はやがてインターネットによるアプリのオープン化へと波及しました。アプリは自分でなるべく構築しないで、インターネットで提供されるサービスを使用しようという、SOAやSaaSのような流れです。この流れの究極の姿がクラウドです。

 グーグルやアマゾンなどネット仮想社会の巨大企業が主体となるクラウドの潮流は、メインフレーム時代の囲い込み合戦の再来です。基幹システムが少数の巨大企業に囲い込まれる問題は、主人と奴隷のたとえのように主従逆転のリスクもあります。

ALT 図5 アプリの位置と囲い込みによるシステムの分類

 ここには、大きな2つの力のせめぎ合いがあるようです。

  1. アプリを集中管理する上方向の力と分散させる下方向の力
  2. 囲い込もうとするベンダの力と囲い込みから逃れようとするユーザーの力

 クラウドは「アプリを集中管理しようとする力」と「ユーザーを囲い込もうとする力」が働いています。そうすると反動はこの反対の力です。エンタープライズシステムとは別の世界ですが、組み込み系では反対の力である「アプリを分散させる下方向の力」と「各社で独自に対処しようする力」が働いてるようです。業務系vs.組み込み系のシステムの進化はまさに対照的です。

 PCのMicrosoft Officeにもオープン化の力とPCから上位サーバへ引き上げる力が働いていますが、今後どのようになるのでしょう。

 オバマ大統領が進めようとしているグリーンニューディール政策の自然エネルギーの活用として、太陽光や風力による発電を町単位で行って自給率を高めていこうという計画があります。現在のような電力供給のインフラが構築される前は工場ごとに発電設備を持っていました[1]。20世紀にはそれが電力会社による集中管理になったわけですが、21世紀のこれからはまた分散化の流れが出てきました。環境問題という新たな問題に対してイノベーションによる新たな技術により、集中に行き過ぎた振り子のふれがまた分散にもどり始めたのです。


参考書籍
▼[1]『クラウド化する世界――ビジネスモデル構築の大転換』 ニコラス・G・カー=著/村上 彩=訳/翔泳社/2008年10月(『The Big Switch: Rewiring the World, From Edison to Google』の邦訳)
▼[2]『人月の神話 新装版――狼人間を撃つ銀の弾はない』 フレデリック・P・ブルックス・Jr=著/滝沢徹、牧野祐子、富沢昇=訳/ピアソン・エデュケーション/2002年11月(『The Mythical man-month: essays in software engineering』の邦訳)
▼[3]『精神現象学』 G・W・F・ヘーゲル=著/牧野紀之=訳/未知谷/(『Phanomenologie des Geistes』の邦訳)


筆者プロフィール

河合 昭男(かわい あきお)

大阪大学理学部数学科卒業、日本ユニシス株式会社にてメインフレームのOS保守、性能評価の後、PCのGUI系基本ソフト開発、クライアント/サーバシステム開発を通してオブジェクト指向分析・設計に携わる。

オブジェクト指向の本質を追究すべく1998年に独立後、有限会社オブジェクトデザイン研究所を設立。OO/UML関連の教育コース講師・教材開発、Rational University認定講師、東京国際大学非常勤講師。

Webサイト:「オブジェクト指向と哲学



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