そして、運命の稼働日目指せ!シスアドの達人−第2部 飛躍編(26)(2/4 ページ)

» 2009年09月29日 12時00分 公開
[三木裕美子(シスアド達人倶楽部),@IT]

想定の範囲外の出来事

 そのころ、伊東は新システムの稼働に立ち会うべく、配送センターの中を歩き回っていた。周囲のメンバーに声を掛け、稼働状況や業務の流れを確認する。

 配送センターは、伊東にとっても思い入れの深い場所であり、今回の立ち会いも自ら希望してここを選んだ。

岸谷 「よう! あまりうろうろして、仕事の邪魔をするなよ!」

伊東 「き、岸谷さん! おはようございます。今日はよろしくお願いしまっしゅ!」

岸谷 「こっちこそよろしく頼むよ。何せ新しいシステムってことでみんなも緊張してる。きちんとフォロー頼むぞ」

伊東 「は、はい!」

 岸谷の言葉に伊東は今日、ここを選んだのは間違いではなかったと、再び歩き出した。すばらくすると、「ブルル、ブルル」と携帯電話が震えた。坂口からだ。

伊東 「は、はい。伊東です、坂口さんお疲れさまです!」

坂口 「すまない。需要予測データを、そっちの安全在庫データと確認する部分だけど、担当の人が戸惑っていないか、至急確認をしてくれないか?」

伊東 「は、はい!」

 安全在庫とは、販売量が変動することを見越して欠品や配送遅延を防ぐために必要とされる在庫のことである。今回の需要予測システムでは、この安全在庫と需要データのシームレスな連動も大きなポイントの1つであった。

 この1時間前、坂口は東京工場の角野工場長と会話をしていたのだ。

坂口 「お疲れさまです、坂口です。角野さん、状況はいかがでしょうか?」

角野 「おお、坂口くん。ちょうどよかった、電話しようと思っていたところだよ」

 営業現場を始め、各所から入力されたデータは分析され、工場側で生産量として数値がはじき出される。そのデータを基に工場内では生産量が管理されるのだが、需要予測画面と安全在庫確認画面が、似たようなレイアウトになっているので、先ほどから何人かが利用する画面を誤り、危うく生産量を間違えるところだったという。

 同一システム内では、ユーザビリティを考慮して、画面レイアウトやアクションボタンの配置などのユーザーインターフェイスを統一するのが一般的であるが、今回はそのことがある意味裏目に出てしまい、いま開いている画面が何の画面であるかが分かりにくいらしい。

坂口 「なるほど、それは配送センターにも同様のことが起こっている可能性がありますね。至急確認します。大変申し訳ありませんが、当面はしのいでいただけますか?」

角野 「しのぐも何も、それしかないだろ。それ以外にも、あっちこっちから文句が出てるぜ。取りあえず、藤木をこっちに呼んでるから、後で話しておいてくれ」

坂口 「承知しました」

 坂口は続けて藤木の携帯電話を呼び出した。

坂口 「藤木さん、坂口です。角野さんから状況は聞いております」

藤木 「坂口さん、お疲れ。取りあえず文句だらけだな。まぁ慣れるまでは仕方ないが、いつかは何とかしてくれよ」

坂口 「システム的なトラブルは発生していますか?」

藤木 「システム的っていうかは分からないけど、いまのところは使いにくいとかそんなのばかりだな。何かあったらすぐ連絡する。ケータイは肌身離さず持っていてくれよ」

坂口 「分かりました。ではまた後ほどご連絡します。配送センターにうちの伊東も行っているので、後から連絡させます」

 システム的なトラブルはいまのところ起こっていないが、本番当日で最も注意しなければならないのは業務の混乱だ。オペレーションテストや業務フローの確認を繰り返しても、限界はどうしてもある。ことさら、使い勝手という点は難しく、ユーザーはやれ障害だ、仕様の考慮不足だと訴えてくるケースも多い。最も、システム部門からすれば、あれだけ検討をして合意したうえで開発したのだから、いまさらなんだという意見もある。

 坂口も当然、このような事態はあると考えていたが、生産量のミスにつながる可能性は想定の範囲外であった。早速八島に現状を伝え、その後伊東に連絡をとったのだ。

坂口 「というわけで、配送センター側でも十分に注意するよう、現場の皆さんに伝えてくれ。システム的な対応をするかどうかは、八島さん含めて検討することになっている。よろしく頼むよ」

伊東 「は、はい(うわー、まいったな……)」

 配送センターには顔馴染みが多いとはいえ、さすがに気が重い。気を取り直してユーザーのところに足を運び、坂口から聞いた内容を説明した。

伊東 「皆さんにはご迷惑をおかけしますが、何とぞ、よ、よろしくお願いしまっしゅ!」

ユーザーA 「伊東さ〜ん、お願いしますよ。せっかく新システムになったのに、これじゃ前の方がよかったよ〜」

ユーザーB 「そうそう、画面もなんだが見ていると目が疲れてくるし」

ユーザーC 「確かに反応は早くなったし、いろいろな項目も増えて便利にはなったけど、もう少し文字を大きくしてくれないかな。後、リストと画面を付き合わせるたびに画面を切り替えなくちゃいけなくて。結構大変だよ、これ」

伊東 「は、はい……」

 伊東は取りあえず、必死にメモをとるが、このままいてはあれもこれもと、次から次へ要望が出てきそうだ。

岸谷 「おーい、ちょっとこっちに来てくれないか? 教えて欲しいことがあるって」

伊東 「あ、は、はい。ではまた後ほどきます。先ほどの件、よろしくお願いします」

 伊東が岸谷のところへ行くと、同様に何人かのメンバーが画面の周りを囲んでいる。

岸谷 「ちょっと思っていたのと違う感じだって。聞いてやってくれないかな」

伊東 「は、はい……」

 その後もあちこちから質問やら確認が飛び込んでくる。伊東はとにかく必死でメモを取り続け、あちこち駆けずり回った。

伊東 「こんなに走り回るなんて。ぼく、営業マンみたい……。あんなに準備を重ねてきたのに、これは想定の範囲外だよ。夜までもつかな……」

 ノートの上でシャーペンの芯がボキっと折れる。以前の伊東ならもう心が折れかかっていたかもしれない。

伊東 「(でも、頑張らなくちゃ。坂口さんはもっと大変なんだ)」

 そして気を取り直し、再びノートにペンを走らせ始めた。

※登場人物一覧へ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ