人生を揺るがす人事異動目指せ!シスアドの達人−第2部 飛躍編(27)(4/4 ページ)

» 2009年10月27日 12時00分 公開
[山中吉明(シスアド達人倶楽部),@IT]
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西田副社長と布袋社長の密会

 坂口らが打ち上げを楽しんでいるころ、「赤坂雅亭」では、西田と布袋が酒を酌み交わしていた。

 坂口らを連れ出して磯釣りに繰り出して以来、さらに親交を深めた2人は、お互いの会社経営には踏み込み過ぎぬとも、取り交わす言葉の1つ1つを咀嚼しつつ、業界再編を睨んだ腹の探り合いを進めてきていた。企業規模拡大と組織風土改革を目指す西田と、同業大手への吸収や外資ファンドの買収を恐れる布袋は、次第にお互いの目指すべき方向感覚の一致を感じ始めていた。

 昨年、ビール業界トップシェアのユウヒビールとの業務提携をマスコミにすっぱ抜かれたホテイビールの内情は穏やかではなかった。社内の合意形成がほとんどできていない状況下で、憶測記事が経済新聞のトップに掲載されたことで、ホテイビール内は混乱した。ユウヒビールとの経営統合を推進したい革新派と、独立路線を維持したい保守派が社内に形成され、社員組合でも意思統一ができない状況に陥ってしまったのだった。

 布袋社長はユウヒビールとの提携話をマスコミにリークした役員を処分するとともに、社内の派閥争いを鎮静化させるべく奔走した。しかしながら、ユウヒビールとの関係がぎくしゃくし始めると、業務提携ニュースで一気に上がった株価が、ニュースリリース前よりも低い水準に落ち込み、その割安感から外資ファンドによる買収リスクが一層高まり、布袋社長はさらに頭を抱えることとなった。

 布袋社長自身は創業一族の出身であることから、独立路線を貫きたい本心があったが、客観情勢はそれを許さない状況になっていた。シェア争いでは拮抗しているサンドラフトと手を結ぶことは、大手に飲み込まれるのではなく、ホテイグループの強みを生かした戦略が打てる、そう見込んだ布袋社長は、西田から持ちかけられたサンドラフトとの業務提携に大きく心を動かされたのだった。

 布袋と西田はひとしきり釣り談義で盛り上がった後、下膳に来ていた女将との世間話も程々に、ころ合いを見て布袋が眼で合図した。女将は手際よく下膳すると、西田に軽く会釈をして部屋を出て行った。

 琉球ガラスの青く透き通るお猪口に注がれた冷酒を布袋はひと口嗜むと、話を始めた。

布袋 「もう知っていると思うが、昨日、おたくの親分に会ったよ。後はあんたに任せるといっておった。あんたには恐れ入ったよ」

西田 「社長と私の気持ちは一緒です。私たちの会社にとって、大切なものは1つです。それは、これからもずっと、お客さまに満足し続けていただくための仕組み作りです。こういう話はタイミングが大切ですから……。それにお互い、もういい歳ですから、あまり時間も残されていません。今日はぜひご返事をお聞かせいただきたいです」

 商品の多様化競争に多品種戦略で挑んで失敗したホテイビールは体力的にも消耗し、ビール系飲料ではジリジリとシェアを落としてきた。一方のサンドラフトは、第三のビールやプレミアムビール商戦で単発のヒット商品を世に送り出したものの、ユウヒビール、キラリビールの大手2社の巻き返しに会い、売り上げは頭打ちとなっていた。

 また、中堅ビール会社の中では財務体質が健全なサンドラフトに対し、ホテイビールは多品種戦略の失敗から株価が低迷し、さらに昨今の金融情勢から資産運用にも失敗しており、かつて強力な資金力を有したホテイグループの懐事情は穏やかではない状況にあった。グループ全体の経営状況が思わしくない中、金の卵としての存在が、1人息子の布袋泰博が経営するホテイドリンクだった。

 前年度はホテイグループの中で唯一黒字決算を達成し、物流業界ではその徹底したローコストビジネスモデルは常に注目されていた。営業と製造と物流の総合的な新連動システムをスタートさせたばかりのサンドラフトだったが、ホテイドリンクのビジネスモデルと融合することで相乗効果を目指したいというのが西田の次の構想だった。物流の高コスト体質を改善するとともに、ホテイグループとの経営統合も視野に親密度を高め、先行するユウヒビール、キラリビールに果敢に挑む戦略だ。

布袋 「もはや単独では生き残れない。かといって息子の手柄につけいってそれを利用するほどいやしいまねもしたくないんだ」

西田 「布袋さんのいうことも分からなくもないのですが、この前、布袋さんもおっしゃっていただけたじゃないですか。私らは世の人々に安価で安全でおいしい食品を届けることが使命。新たな物流の仕組みを作って日本の中から変わって、行く行くは世界標準のシステムに育て上げていくことが必要でしょう」

布袋 「分かっておるよ……。私はな、これでもグループの社員の生活を背負っているつもりなんだ。中にはユウヒと一緒になる方が賢明だという連中や、独立路線を貫くべきだと強く主張する集団もおるのでな。組合もしかり。彼らはあれこれと言葉尻を捉えては反旗を翻してくる。納得してもらうには、それ相応の条件も必要なのだ」

 布袋が苦しい胸の内を吐露すると、西田は一息ついていった。

布袋 「ところで、泰博さんは今回の話については、どのように考えておられますのか?」

西田 「うむ、泰博は意外にも……」

 布袋は一瞬口ごもったが、目線を落としながら続けた。

布袋 「意外にも、乗り気でな……。望むところだということだ」

西田 「それなら、もう迷うことはありませんな。サンドラフトは、今回の新システムの導入で、業務改革の難しさを知ったと同時に成功体験をした。現場と本社の距離も近づいた。新しいことを始めることに憶病でもなくなった。いまならホテイさんと一緒に大きなことへ挑戦できる気がするんですよ」

布袋 「……。あんたと心中するしかないようだな」

西田 「心中とは縁起でもない。一緒にこの業界に革命を起こしましょう!」

 長い沈黙の後、布袋は口を開いた。

布袋 「西田さん、あんたを信じるよ。……ただ」

西田 「……ただ、何ですか?」

布袋 「あんたにとってはさまつな話かもしれんが、1つだけ私のわがままを聞いてくれないか……。実は社内でちょっとした騒動になっていてな、あんたの計画している新会社設立プロジェクトのメンバーのことなんだが……」

 西田は、大詰めを迎えた交渉の最終段階に胸の高鳴りを覚えたが、落ち着いた表情で布袋の次の言葉を待った。

布袋 「……。豊若は外してもらえまいか」

 西田の柔和な表情は、布袋の予期せぬ言葉にみるみる険しくなっていくのだった。


◆次回予告◆

 赤坂の料亭ではサンドラフトとホテイビールの業務提携について、西田と布袋が詰めの協議をしていた。西田の強い意志で布袋も提携を決意するが、その条件として出したのは「豊若を外すこと」だった……。佐藤専務の思惑により、人事異動が確定的な坂口や豊若の運命はどうなるのか。第2部最終回となる次回をお楽しみに。

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筆者プロフィール

シスアド達人倶楽部

「シスアド達人倶楽部」は、経済産業省が実施する情報処理技術者試験の1つ、上級システムアドミニストレータ試験の合格者9名で構成される執筆チーム。本連載「目指せ! シスアドの達人」は、シスアドの日常を知り尽くしたメンバーが、シスアドの働く現場をリアルに描くWeb小説だ。

執筆メンバー9名は、上級システムアドミニストレータ試験合格者と試験合格を目指す人々で構成される任意団体:上級システムアドミニストレータ連絡会(JSDG)の正会員。

システムアドミニストレータ宣言


山中 吉明(やまなか よしあき)

日本システムアドミニストレータ連絡会会長。保険会社勤務


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