自主性があればERPで「見せる化」も実現可能中堅・中小企業のためのERP徹底活用術(3)(2/2 ページ)

» 2009年12月14日 12時00分 公開
[鍋野 敬一郎,@IT]
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追加開発なしでメリットを提供するには、データを使うしかない

 ERP導入によるメリットを顧客や取引先にも提供する――これはERPに求める効果の中でも、実現が最も難しいものではないかと思います。

 経営資源の最適化、業務の標準化によるコスト削減などはERPの利点そのものなのですが、社外の顧客や取引先に“直接的に貢献する機能”となると、そのための機能を新たに追加開発するなど、何らかの手を加えない限り対処できません。

 しかしここでは、あくまで手を加えない状態のまま「何かできないか」と聞かれているわけです。そうなるとERPに蓄積されたデータを生かす以外に方法はありません。

 C社のタスクチームもさまざまな可能性を考えた挙句、そうした結論に行き着きます。そしてデータを“顧客や取引先のために”有効活用する、ある方法を発見したのです。では、再び事例に戻りましょう。

事例:ERPは、顧客や取引先のために活用できるのか〜後編〜

 社長の要望を受けて、チーム一同、ERPを使って顧客や取引先に直接貢献できる方法を必死になって探した。ベンダやSIerからもそうした事例は聞いたことがなく、ヒントを得ることも難しかった。しかし、さまざまな可能性について考え抜いた挙句、「やはりERPで扱うデータをうまく利用するしかない」という結論に行き着いたとき、1つのアイデアがひらめいたのだった――数日後、チームリーダーは全員で協議した内容をまとめ、あらためて社長に報告した。

 「社長、ERPの特徴はヒト、モノ、カネの情報を、一元管理できることにあります。そしてわれわれ小売業が最も避けたいことの1つは欠品による販売機会損失です。これまでは顧客から商品の問い合わせがあったとき、店舗に欠品していればそれまでだったのですが、ERPなら商品別の在庫数量を、店舗別に毎日把握できます。つまり店舗の在庫がなくなっても、その場で他店の在庫を検索して確保すれば、売り損じを回避することができるのです。

 取引先にもメリットを提供できます。取引先の商品が物流センターに納品されてから販売されるまでの『平均在庫保有日数』を、ERPで取引先ごとに自動集計します。さらに、POSシステムを使った『商品グループ別売り上げTOP10リスト』を、従来は社内だけで共有してきましたが、これを平均在庫保有日数データと合わせて、取引先に毎日、自動配信する仕組みを作りたいと思います。

 これによって、取引先は自社商品の売れ筋や在庫動向が把握できるため、次の発注時期、数量を予測することが可能になります。弊社のバイヤーも、こうしたきめ細かい販売動向、在庫情報が分かれば、それをベースに取引先とスムーズに交渉できるようになると思います」

 タスクチームの回答は、社長が十分に納得できるものであった。顧客に役立つ情報と、精度の高い売れ筋情報、在庫情報を進んで発信することで、顧客、取引先からの信頼感を向上させられるだけではなく、今後の取引交渉をより優位に進めることもできるのである。社長は「さらに貢献できる使い方がないか、今後も継続的に探し続けてほしい」と、満足げに次の指示を出したのだった。


自ら考えたからこそ「見せる化」を実現できた

 こうした情報の使い方は「見える化」に対して「見せる化」と呼ばれ、顧客や取引先との関係性を向上させ、業務効率化に貢献するものとして、最近にわかに注目を集めています。しかし、事例でもチーム全員が悩んだように、社外に向けてERPのメリットを提供するのは非常に難易度が高い取り組みです。実際、多くの企業がERPを導入していますが、そのほとんどはバックオフィス業務の効率化にとどまっています。その意味で、ERP活用の可能性を広げた貴重なケースということができます。

 一方で、この事例はもう1つ、重要なことを示唆しています。「見せる化」をはじめ、ERPで扱うデータを生かして何らかのメリットを創出するためには、「どんな情報を創出するのか」「なぜ、そのデータが必要なのか」「どのように、その情報を創出するのか」などを考えなければなりません。当然ながら、そうしたことは自社業務を知り尽くしているERPの導入企業自身にしか実践できません。これはベンダが提案できるレベルをはるかに超えており、ユーザー企業の自主性が不可欠となるのです。

 すなわち、今回ご紹介した事例のような企業がほとんどないことからは、ERP導入については、多くの企業がベンダやコンサルタントに“任せきり”なのではないか、といった傾向がうかがえるのです。事例の場合も、ベンダやSIerに頼っていたら「見える化」はできても「見せる化」には決して至らなかったはずです。つまり「ERPをより有効に活用したい」という“攻めの姿勢”があったこと――これが今回の事例の真のポイントといえます。自主性なくしてERP活用の可能性は決して広がりません。

 ぜひ皆さんも受け身ではなく“攻めの姿勢”で、ERPの活用法を考えてみてはどうでしょう。顧客や取引先との関係性を改善につながるような、自社独自の思いがけない活用法が見つかるかもしれません。

Profile

鍋野 敬一郎(なべの けいいちろう)

1989年に同志社大学工学部化学工学科(生化学研究室)卒業後、米国大手総合化学会社デュポン社の日本法人へ入社。農業用製品事業部に所属し事業部のマーケティング・広報を担当。1998年にERPベンダ最大手SAP社の日本法人SAPジャパンに転職し、マーケティング担当、広報担当、プリセールスコンサルタントを経験。アライアンス本部にて担当マネージャーとしてmySAP All-in-Oneソリューション(ERP導入テンプレート)を立ち上げた。2003年にSAPジャパンを退社し、現在はコンサルタントとしてERPの導入支援・提案活動に従事する。またERPやBPM、CPMなどのマーケティングやセミナー活動を行い、最近ではテクノブレーン株式会社が主催するキャリアラボラトリーでIT関連のセミナー講師も務める。


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