「経済は回復基調」を疑い、 自社の方策を再考せよ“経済危機に勝つ”リスクマネジメント(3)(2/2 ページ)

» 2010年06月16日 12時00分 公開
[鈴木 英夫(aiリスクコンサルテーション),@IT]
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世界経済危機の真因とは何か?

 さて、ここで今回の本題です。以上のようにアメリカ発の経済危機が全世界に波及し、今度は欧州で金融危機が繰り返されている。なぜこのような現象が起こっているのでしょうか?――「世界規模での需要の大収縮と金融危機」の“真因”を考えてみましょう。この真因に変化がない限り、あるいは、その真因を補って余りあるほどの大きな推進力(例えば新興国の内需拡大など)がない限り、ユーロ危機は繰り返さざるを得ず、日本も世界も経済はいつまでたっても容易には回復しないからです。

 では、“真因”とは何か? 結論から言えば、それはアメリカのGDPの7割を占める個人消費を支えていた「家計部門での借り入れそれ自体」なのです。

 アメリカでは、住宅を担保にするローン(※注2)を、一般の消費を目的に組むこともできます。つまり、多くの消費者が“住宅担保ローンで借り入れたお金”を消費にも回していたのです。ところが、住宅価格が上昇している間は良かったものの、そもそも“バブル”だった住宅価格は2006年にピークを迎え、2007年にはじけました。そうなると担保不足で借り入れを続けられないどころか、返済を迫られます。以下の表を見てください。これが、「返済過多に陥った姿」です。このような「絶壁から落下」するようなグラフは、筆者の60年の人生でも初めての経験です。

※注2: 正確には「Home equity loan」という。これはもともとは、改装費、教育費などに当てるため、住宅を担保に行ったローンであったが、近年ではその利用目的はほとんど無制限になっている。住宅ローンとHome equity loanは、米国の住宅価格が上がるにつれて、爆発的な拡大を続けた。

図3 2010年第1四半期までの米国家計部門 借り入れの純増額(季節調節済)。住宅バブルがはじけた2007年を境に急落した(出典:連邦準備制度 Flow of Funds Account/2010年6月10日)

 つまり、アメリカの個人消費は「家計部門の巨額な借り入れ」で賄われていたわけです。特に住宅の価格が高騰し始めた2000年代の初めから、バブルがはじける2007年まで、借り入れ額は毎年1兆ドル(100兆円)を超える規模で増加していました。「個人消費がアメリカのGDPの7割を占めていた」と前述しましたが、 実際、この「100兆円の借り入れ純増」は、それがすべて支出に回されると、アメリカのGDPを毎年7%ずつ押し上げるほどのインパクトを持っています。

 しかし、この借り入れは住宅価格の低下による担保不足と金融危機により、壊滅的な縮小を迫られ、2008年の第3四半期には「純減」にまで急落してしまいました。その結果、家計部門を中心とした需要の急減により、アメリカのGDPは2008年第4四半期には、-5.4%という大幅な減少を記録したのです。

相反する問題でありながら、“根”は同じというジレンマ

 では、ここで「家計部門での巨額な借り入れ」という“真因”により深く迫ってみましょう。そこで検証すべきはアメリカの「住宅を担保に借り入れをし、それを消費に支出するという“文化”は、経済危機により変化したのだろうか?」ということです。

 これには、米国下院の委員会で2010年6月3日、有名な投資家であるウォーレン・バフェット氏が述べた言葉が参考になります。彼は「(格付け会社の)ムーディーズは住宅ローン関連の証券にトリプルAを付けるという誤りを犯したが、米国人全員がそれと同じ過ちを犯した」と指摘しました。すなわち、ほぼすべての米国人が「住宅価格が永遠に上がり続けると思っていた」こと自体が間違いだったというわけです。そして現在は、米国の多くの消費者もこのことに気付いています。実感として、またメディアなどの報道により、もう「永遠に上がり続ける」などとは思っていないのです。

 重要なのは、まさしくこの点です。多くの米国人が、もう「永遠に上がり続ける」などとは思っていない――これはすなわち「住宅を担保に借り入れをし、それを消費に支出する」という米国人の文化が、経済危機により劇的に変化したということです。換言すれば、「米国経済は構造的に変化した」ということになります。筆者が考える世界経済危機の真因とは、まさしくこれです。この「米国経済の構造変化」こそが、世界経済に大きなインパクトを与えた、そしてこれからもインパクトを与え続ける根源なのです。

 というのも、毎年アメリカ人が住宅を担保に借り入れれていた100兆円というお金は、米国内での消費や輸入を通じて、世界中の経済を潤してきました。しかし、住宅バブル崩壊とともにそれが干上がってしまいました。その結果、世界経済危機が起こり、その修復のために、各国が財政投入を行いました。それが財政赤字を拡大させ、ギリシャなどの南欧諸国やハンガリーの問題を引き起こしたわけです。ここで前項で述べたユーロ危機の話を思い出して、その発端となった米国の話とつなげてみると、「米国経済の構造変化」という真因と、それが引き起こした数々の事態との因果関係がよく分かると思います。

 簡単に整理すると、住宅担保ローンを利用した借り入れ・消費文化→米国の住宅バブル崩壊で消費激減→米国の内外需要の急激な減少→世界経済危機→世界各国が財政投入で経済テコ入れ→支出増大による財政赤字拡大→「国債残高の急増に対する警戒」によりギリシャ国債が暴落→それに端を発したユーロ危機と株価の下落、というわけです。

 つまり、「住宅バブルとそれに頼った国民の借り入れ・消費文化」という 「アメリカ経済の構造」が行き詰まらなければ、ユーロ危機も起きなかったと言えます。少なくとも、今回のタイミングでは起きなかったはずです。すなわち、住宅バブル崩壊やそれによる金融危機は“きっかけ”に過ぎず、世界経済危機の真因は、「住宅担保ローンに頼って借り入れ、消費する文化」という米国の経済構造にあったと考えられるのです。

 そして、「もう永遠に上がり続けるなどとは思っていない」という米国民の認識の変化=経済構造の変化により「アメリカの消費需要の欠落」が起こった以上、別の解決策を実施したり、何らかの発展が見られない限りは、これからもギリシャ同様の危機が世界のそこここで発生するはずです。

 そのことを理解しているティモシー・フランツ・ガイトナー米財務長官は2010年6月5日、韓国・釜山で開かれたG20財務相・中央銀行総裁会議で、欧州に対し、(アメリカの消費需要の欠落をカバーできるように)「弱い内需を拡大するよう」強く迫りました。しかしユーロ危機に揺れる欧州中央銀行のジャン・クロード・トリシェ総裁は、「緊縮財政政策は、欧州が世界経済に貢献する最善の道だ」と切り返しました。

 前段で引用した世界銀行のゼーリック総裁の発言のように、真の世界経済回復のためには、誰が見ても「強い需要」と「健全な財政」の両方が必要です。しかし、現状は至る所で『弱い需要と財政赤字』だらけなのです。「強い需要」と「健全な財政」という相反する2つの課題は、実は根(=真因)を同じくしている以上、実際に両方を同時に改善することは極めて難しいでしょう。

 企業のリスクマネージャは、企業戦略を策定する際、この「借り入れて消費してきた米国家計部門での需要の欠落」と、いま欧州通貨を崩壊の危機に陥れている「財政規律という市場のファッション」は、実は「原因と結果という強い因果関係で結ばれた1つの問題でありながら、個別に改善を迫られている」ある種のジレンマを強く認識しておく必要があります。それを自社のプラン策定の前提と考えるべきです。平たく言えば、「安易に、世界経済は回復していくとの前提に立つことはリスクが大き過ぎる」ということです。


 一見、別個の問題に見えながら、実は強い因果関係で結ばれた1つの問題であり、しかも、その原因と結果の同時解決を迫られている――そんなケースは多くの企業にも存在すると思います。例えば、「顧客の需要収縮により自社製品の売り上げ減少が起こっている。生き残るためには、新製品の研究開発予算を引き上げることが必要だ。この収入減と予算計上のバランスをどう取るか」といったテーマも同様の課題とはいえないでしょうか。

 前回、世界の事象と自社の施策を考える際、そのスケールこそ違えど、アプローチとしては同じだと述べました。問題の本質は、世界も自社も非常に似通っている、いや、ある意味、同じだといえるのです。

 矛盾する問題を解くヒントは、全体を俯瞰して“真因”を見極め、将来を予測する視点にあります。ぜひ今回紹介した世界経済の状況を回復させる術を考えてみてください。極めて難しい問題ではありますが、あなたなりの見解は、そのまま自社が取るべき施策のベースとなってくれるはずです。

 次回は「出口戦略」についてお話します。

筆者プロフィール

鈴木 英夫(すずき ひでお)

慶應義塾大学経済学部卒業、外資系製薬会社でコントローラ・広報室長・内部監査室長などを務める。長く経済分析とリスクマネジメントを経験。 現在はaiリスクコンサルテーション代表、コンサルタント。プランナー・オブ・リスクマネジメント、内部監査士。神戸商工会議所登録エキスパート。危機管理システム研究学会会員、RM協会大阪広報リスク研究会リーダー。


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