“日本における間接販売モデルの強固さ”を痛感挑戦者たちの履歴書(88)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、ジュニパーネットワークス社長の細井洋一氏がサン・エクスプレスに転職するまでを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2011年02月21日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 1992年11月、バイテル・ジャパン社長の職を辞し、サン・マイクロシステムズ(以下、サン)が当時、ダイレクトマーケティング業務に特化した会社として設立したサン・エクスプレスの日本支社長に就任した細井氏。しかし、サンの当時のビジネスモデルは、パートナー企業や代理店を介した間接販売がメインだった。特に日本法人では、大学以外の顧客に対する製品販売は全て間接販売に依拠しており、細井氏が新たに立ち上げたダイレクトマーケティング業務に対するアレルギー反応は強かった。

 「就任したばかりのころ、『あなたは、われわれの間接販売モデルを壊しに来たのか?』と言われました。そうじゃない、これからエンタープライズ向けサーバ市場に参入していくためには、サーバのエンドユーザーが誰かということを知らなければいけない。そのための顧客データベースを作るために来たんだと。これをもう、何千回説明したことか!」

 こうした現場の抵抗を目の当たりにした細井氏は、日本市場における間接販売モデルの強固さを痛感した。「間接販売モデルを脅かすのではなく、むしろそれを支援できる仕組みを作らないと、決して受け入れられることはないだろう……」。そこで、ふとひらめいた。サン・エクスプレスという社名の「エクスプレス」は、「迅速に」という意味だ。迅速に……。

 ここで細井氏が新たに始めたのが、製品を「迅速に」顧客の手元に届けるためのSCM(サプライチェーンマネジメント)の新規構築だ。国内に新たに倉庫を設け、製品在庫を大幅に増やした。その上で、米国の倉庫と日本の倉庫を結ぶSCMシステムを新たに構築し、それまでオーダーから製品の到着まで2〜3週間かかっていたのを、最速で「即日」届けられる流通システムを作り上げたのだ。この仕組みは、サンの当時のパートナー企業や代理店から大好評だった。

 この新たな流通システムでの実績をベースにして、細井氏は日本国内におけるダイレクトマーケティング業務を徐々に拡大していく。テレセールスやインサイドセールスの専任グループも新たに設置した。

 「テレセールス部隊は、一番多い時で15人ぐらいいたかな。いつもわいわいがやがや、活気があったなあ」

 これらの活動を続けていくに従い、顧客データもデータベースにどんどん蓄積されていった。すると、顧客データベースの整備が進むにつれ、テレセールスの成果も徐々に上がり始めてきた。テレセールス活動を始めた当初は、20回の電話の内、せいぜい1回がオーダーにつながる程度だった。しかし5年後には、平均2.5回に1回の割合でオーダーにつながるようになっていたのだ。これは一体、どういうことなのか?

 「顧客データベースが整備されてくると、どの顧客がどの時期にどういう商品を購入するのか、その傾向が見えてくるんです。すると、先回りして『お客さま、そろそろこういう商品はいかがですか?』『あっ、ちょうど欲しいと思っていたんだ!』という会話ができるようになる。いわゆる、データベースマーケティングですね。これを実地で経験して学ぶことができたのは、今考えても本当に良い経験ができたと思っています」

 また、他社に先駆けてオンライン販売ビジネスもいち早く開始した。1995年にオンライン販売サイト「サン・プラザ」を立ち上げ、大学関係者を中心とした顧客向けにクレジットカード決済でのオンライン販売を開始、その2年後には全売上高の4分の1を占めるまでに育て上げた。

 こうして、日本におけるダイレクトマーケティング事業を順調に成長させてきた細井氏だったが、1997年春、思わぬ事態が発生する。日本だけでなく、ワールドワイドでも順調にビジネスを成長させていたサン・エクスプレスだったが、あまりにも順調すぎたため、そのサービス内容がサン製品のリセラー企業のそれを大きく上回ってしまったのだ。これには、リセラー企業からのクレームが相次いだ。そこでサンは、サン・エクスプレスを別の会社に吸収させることで、事態の収拾を図ったのだ。

 これに反発したサン・エクスプレスの幹部たちは、次々と会社を去っていった。細井氏が懇意にしていた本国のエグゼクティブたちも、軒並みいなくなってしまった。さらにちょうどそのタイミングで、当時PCの受注生産・直接販売という新たなビジネスモデルで急成長しつつあったデルからの誘いが、細井氏の下に届いていた。

 「もう会社もなくなってしまうし、皆ばらばらになってしまうんだったら、デルに行こうかな……」

 もうほとんど、デルへの転職を決意しかけていた矢先、当時サン日本法人の社長を務めていたジェイ・ピューリー氏に、思い掛けず声を掛けられた。

 「サンに残ってくれないか?」


 この続きは、2月23日(水)に掲載予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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