“郷に入れば、郷に従わず”に失敗挑戦者たちの履歴書(111)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、田中氏がさくらインターネットを上場させるまでを取り上げた。初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2011年05月13日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 2005年10月、ついに念願の東証マザーズへの株式上場を果たしたさくらインターネット。本来なら「ここで一区切り」といきたいところだが、田中氏はこれまで進めてきたホスティングサービスの規模拡大の手を緩めない。上場を機に新たに目を向けたのが、中国市場だ。

 2005年当時、既に中国経済は驚異的な勢いで成長しつつあり、近い将来にはデータセンター市場も本格的に立ち上がるはずだと田中氏は踏んでいた。そこで、まだ本格的に市場が立ち上がっていないうちに、先手を打って進出しようと考えたのだ。

 当時から、日本国内の多くのIT企業が中国市場への進出を図っていた。

 しかし、その多くは、中国に拠点を構える日系企業に対するサービスを提供するものだった。既に広く知られている通り、中国におけるITビジネスにはさまざまな制約が付いて回る。最もよく知られているのが、ソフトウェアの違法コピー問題だ。中国では現在でも、不正コピーされたOSやアプリケーションなどが一般的に利用されているという。また、当局によるネットワークの検閲も行われている。2010年3月、米Googleがこれを理由に中国から撤退したニュースは記憶に新しい。

 中国市場ではこうした独特な事情があるため、外国企業が現地の一般ユーザー向けに、サービスを広く展開することは難しいとされている。しかし、田中氏はこうした事情を知りながらも、あえて困難にチャレンジする道を選んだ。

 「日系企業相手のビジネスではなく、あくまで中国の一般ユーザー向けのサービス提供を目指しました。そのために現地法人を上海に設立し、僕自身も頻繁に出張で訪れていました」

 海外、特に中国のような国でビジネスを行う際に、よく引き合いに出されることわざに「郷に入れば、郷に従え」がある。外国で成功するためには、先ほど挙げたような各国に特有のローカルルールや商習慣に合わせる必要があるということだ。しかし、ソフトウェアの不正コピーやネットワークの検閲は、到底許容できるものではない。そこで田中氏は、本人いわく「郷に入れば、郷に従わなかった」のだと言う。

 ソフトウェアのライセンスは、もちろん正規のものを購入した。当局によるネットワークの検閲にも、一切応じなかった。その結果、どうなったか。

 「当局には、しょっちゅうネットワークを止められましたね。一度は、IPブロックごと止められたことすらありました。また、現地の競合他社は皆、不正コピーしたソフトウェアを平気で使っていましたから、そういうところと正面切って競争するのは、コスト的にやはり無理がありました」

 結局、残念ながら当初もくろんでいたように、現地のユーザーを広く獲得するまでには至らなかったという。しかし、現地の日系企業をユーザーに据えたビジネスは堅調に推移し、最終的には中国のビジネスも黒字化するまでこぎ着けた。

 一方、日本国内の市場では、上場で得た資金を元手に新たなビジネスを展開しつつあった。それが、M&Aと他社への出資による、他業種への積極的な進出だ。さくらインターネットは2006年、東京の西新宿と代官山の2箇所に、新たにハウジング専用のデータセンターを開設した。そして、これらのデータセンターでの需要を喚起するために、新たなビジネス戦略が採られた。

 「データセンターを箱とすれば、その箱の中に入れるコンテンツも自社で提供して、ニーズを掘り起こしていこうという戦略でした。そのために、コンテンツの開発・提供を行うビジネスに、積極的に乗り出していったのです」

 具体的には、オンラインゲーム、動画配信、システム開発といった分野だ。M&Aと出資により、こうしたビジネスのノウハウを外部から調達し、一気にビジネスを拡大する策に出たのだ。

 しかし結果的には、この戦略が同社を危機的状況に陥れることになるのだった……。


 この続きは、5月16日(月)に掲載予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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