建設もITシステムも、成果は上流工程で決まるIT担当者のための業務知識講座(7)(2/2 ページ)

» 2011年10月13日 12時00分 公開
[杉浦司,@IT]
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建設業も上流工程がキモ

 ではその業務は、具体的にどのような流れになっているのでしょうか。厳しい予算条件の下で利益を出さなければならないことが多い建設業では、予実管理や購買管理が非常に重要視されています。

 しかしQCD(品質/コスト/納期)から発展したQCDE(品質/コスト/納期/環境)や、QCDSE(品質/コスト/納期/安全/環境)が注目されているように、品質や納期、安全や環境への対応、さらには建設業法や下請法など、コンプライアンスの徹底も建設業における大きな経営課題となっています。

 そのため他業種と比べて、提案、見積もり、契約といった上流工程での業務の重要性が高く、また、引き渡しやアフターサービスといった完了後の工程にも気を抜くことができません。工事期間中の現場は、さまざまな協力会社や職人が集まる1つの社会であり、円滑な工事遂行を確保するための緻密な工事管理(プロジェクトマネジメント)が不可欠になります。

 以下、こうした多岐にわたる建設業の業務について、その概要を鳥瞰してみることにしましょう。

■営業活動

 土木では公共事業が中心であり、公告などによって入札物件の情報を入手することから始まります。入札参加には最低価格や法令対応(建築リサイクル法等)などの入札条件や、建設業許可、地域指定、施工実績、技術者体制といった参加者資格をクリアすることが求められます。

 特に建設業者の企業規模や経営状況などの客観事項を数値化した「経営事項審査点数」は建設業法に規定されており、重要な指標となっています。経営事項審査点数の加点は財務内容をベースとして、ISO9000(品質)やISO14000(環境)、OHSAS(労働安全衛生)の認証取得も対象となっています。

 一方、建築は民間工事が中心であるため、施主やデベロッパー(不動産会社やゼネコン)、設計事務所などへの提案営業も行われています。また、見積もり依頼を受けての競争入札となることもあります。

■積算、見積もり

 建設業における見積もりでは、工事の都度、設計図や仕様書から工事金額を積算する必要があります。主な積算要素には、資材などの購買品や工事作業員の人件費、その他費用(工事間接費や販管費)があります。

 甘めの積算では価格競争力がなく、入札や競合案件に勝つことが難しくなるため、厳しい社内審査が行われますが、その反面、あまりに厳し過ぎる積算では品質や環境、労働安全にも影響することになり、適切な着地点を見出すことが非常に難しいと言えます。

■受注

 注文成約となった場合、紛争防止のために客先との間で契約が締約され、工事番号による原価(未成工事支出金)および出来高(完成工事未入金)の管理が始まります。また、建築工事では、多くの調達先や下請け業者が参加することになるため、発注先との契約締結も重要となります。

 その反面、受注後になっても客先や発注先との価格交渉が続くことによって、工期や単価があいまいなまま、実作業や支払い(仮払金)が先に起きてしまうことも少なくありません。特にJV(ジョイントベンチャー)方式での工事請負の場合では、JV構成企業の役割分担や出資金払い込み、利益配分といったルールを確立することが不可欠となります。

■工事計画

 原価と出来高の発生状況を把握するための工程表と実行予算を策定します。システム構築でも開発スケジュールに基づいてプロジェクトマネジメントが行われるように、工事計画は建築工事におけるプロジェクトマネジメントを行うためのものだと言えます。

 工事計画では、最終成果物の引き渡しをゴールとして作業分割し、納期、品質、コストを成約条件として、作業ごとの順序関係を調整した後、体制化(役割分担)と予算化(資源配分)を行います。工事計画の信頼性や実現可能性が低ければ、工事の遅れや品質不良、予算オーバーが多発してしまいます。「工務」と呼ばれる工事管理を行う部署の役割は重く、PMP(Project Management Professional)などのプロジェクトマネジメント資格にも注目が集まっています。

■購買

 各現場がばらばらに必要資材を調達していたのでは無駄です。同一購買物をまとめ、電子調達を利用して、全社規模で一元管理した方がはるかに効率的です。特に、国土交通省の下で進められているCI-NET(Construction Industry NETwork)は、建設業界全体で利用推進されており、購買業務の改善に結び付くものとして期待されています。

 しかし現実には、地域業者との癒着や不透明な取引関係などが存在するため、購買改革は容易ではありません。また、技能教育や維持点検作業が必要となる購買品も多いため、自社の機材センターで集中的に購買、保管し、各現場に貸し出しているパターンもよく見られます。

■進ちょく管理(出来高・原価)

 建設業で使う業務システムの主な機能が進ちょく管理(出来高・原価)です。これに付随するものとして、出面(でづら)管理があります。出面管理とは、建築現場に出た大工や左官といった作業員の勤怠と支払を管理するものです。

 進ちょく管理についても工事計画と同様、IT業界と同じくプロジェクトマネジメントの考え方が適用されています。具体的には、実行予算であるPV(プランドバリュー)に対する出来高であるEV(アーンドバリュー)と、実際原価であるAC(アクチャルコスト)という3つの指標を使って、納期見込みやコストの発生状況を監視することが重要となります。

 建設業における進ちょく管理では、工事進行基準に基づいた財務会計に対応することも必要となります。工事進行基準では、工事の完成度合いに応じて工事に関する収益と原価を計上しなければなりません。出面管理を含む出来高と原価の発生状況をいかに適切に把握するかが、工事管理系の業務システムにおけるポイントとなっています。

■検収・引き渡し

 施主による検収の後、工事完成物が引き渡しとなります。検収時に不具合があれば、ただちに修理され、新たなコストが発生することになります。品質不良が納期遅れと過剰コストを生み出す構図は製造業やIT業界と同じです。しかし、建設業の場合、検収納品後においても、まだ気を抜くことができません。納品物に対する品質保証として瑕疵担保責任を果たさなければならないからです。

 住宅品質確保促進法では、新築住宅の10年保証を義務付けています。検収納品後に発生する予期せぬ修理コストは、建設業にとって悩みのタネとなります。

 原価至上主義となりがちな積算や設計、工事計画といった「上流工程において、品質保証を意識した取り組みができるか」が鍵を握っているのです。

建設業におけるIT利用上の課題

 かつて、オフコンを中心とした建設業向け業務システムでは、損益管理を第一としており、売り上げや費用、原価や工数を重視するものがほとんどでした。しかし、品質、環境、労働安全といった多様な要求事項に対応し、かつ競合先に先駆けたサービス提供など、戦略的な事業活動が不可欠となっている現代の建設業においては、損益だけを見る業務システムでは不十分です。

 今後は、バランスト・スコアカードの4つの視点に立った業務システムの整備が必要になってくるはずです。例えば、顧客の視点においてはCRM的な営業支援系のシステムが、プロセスの視点においてはプロジェクトマネジメントに裏打ちされた全体最適的な工事管理システムや、電子商取引ベースでの統一購買システムが、学習と成長の視点においては、要員能力アップや技術継承を図る要員管理システムや、社内技術やノウハウを集結するためのナレッジデータベースなどが考えられるでしょう。


 次回は、金融業におけるIT利用の光と陰について考えてみたいと思います。

著者紹介

杉浦 司(すぎうら つかさ)

杉浦システムコンサルティング,Inc 代表取締役

京都生まれ。

MBA/システムアナリスト/公認不正検査士

  • 立命館大学経済学部・法学部卒業
  • 関西学院大学大学院商学研究科修了
  • 信州大学大学院工学研究科修了

京都府警で情報システム開発、ハイテク犯罪捜査支援などに従事。退職後、大和総研を経て独立。ファーストリテイリング、ソフトバンクなど、システム、マーケティングコンサルティング実績多数。


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