“影”から目を背けてきた原発とIT何かがおかしいIT化の進め方(52)(3/3 ページ)

» 2012年03月09日 12時00分 公開
[公江義隆,@IT]
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「価値」と「価格」の関係は本当に適正か?

 先日、ある会合で古い友人に会った。技術屋崩れの私と違って、センサー分野で高い技術力を持つ中堅企業の技術顧問でまだ頑張っている。その彼がこんな話をしていた。

 「ある巨大装置を作る組織から特殊なセンサーの注文があった。従来は大手のメーカーに発注していたものをコストダウンのため、中堅企業の自分のところに振り替えてきた。 さらなる性能向上や品質アップに加え、大手メーカーに比べ格段に安い価格が条件だったが、会社は注文を受けた。それでも何とかやっていける」という。

 そんな話を聞きながら、以前から頭の中でくすぶっている疑問が再燃した。大手メーカー、中堅・中小企業それぞれの価格の背景は何なのだろうか。優れた技術を持つと言われている日本の中堅・中小企業の製品の価格は、その技術レベルに見合うものなのか、それとも実は価格相応のものなのだろうか。

 国税庁の統計など(注1)による年間平均給与額は、従業員5000人以上の製造業は620万円、100〜499人の企業では419万円、10〜29人では333万円である。

 ちなみに、5000人以上の建設業は726万円(10〜29人では366万円)、宿泊・飲食サービス業は118万円(大部分が非正規労働者?)、金融・保険は620万円、電力・ガスがダントツの879万円、情報通信は675万円(10〜29人は443万円)、医療・福祉は212万円、農林・水産は320万円(全体平均)、国家公務員(H19年、一般行政職)は662万円、地方公務員(平成19年、一般行政職)は728万円、独立法人(H18年)は733万円となっている。極端に低い医療・福祉(健康保険・介護保険など国の規制分野)は特に気になる。


注1:詳しくは下記URLをご覧いただきたい。自分の利害を一時離れ、日本の全体の問題として広い視野でデータを見てみれば、社会の実態、実にいろいろの問題点が見えてくることと思う。問題発見力や企画力を高めるためのデータを読む力を育てる練習としてもお勧めしたい。 なお、総務省の統計では国家公務員は490万円、地方公務員も490万円となっているが、これは役所で働く公務員ではないパートタイマー、アルバイトなどを含む数値と言われる(国の統計にも自分たちの利害に関する部分ではこんなことがある)。


 また、50才代後半の賃金水準は、30才代前半のほぼ1.7倍である(厚生労働省統計)。なお、この10年、日本の多くの大企業では(欧米企業に比べれば問題にならない程度だが)役員報酬の増額を株主総会の議題にしてきた。

 今、感情論を離れて考えてみて、日本社会での給与・仕事の内容(成果と責任、仕事の質)に対する報酬額は、経済的、社会的に見て公正なものであるだろうか。社会に提供できている“真の価値”と、そこに貢献している人の給与額に大きな矛盾がないなら問題はない。現在の体系も、それが形成された過去のある時代には矛盾したものではなかったであろう。その後も余裕のある状況下では許容できたであろう。

 しかし、既得権益化して矛盾を引きずり、バランスが崩れた体系の維持はもはや困難だ。給与に見合うよう仕事や責任を見直すか、仕事に見合った給与に改めていくしかない。しかし、これには実にさまざまな観点からの評価や判断が必要になる。

ITの安全とコスト

 今回の原発事故では、その安全性から世界中で原発推進に対する賛否、疑問の声が上がった。今後のエネルギー問題を考える上では、発電原価に事故被害額を算入して評価すべきという提起があった。

 2011年11月に内閣府が行った試算では、日本にある54基の原発の延べ稼動期間が1500年、事故を起こしたのは1〜3号機の3基として、1500年分の3=500年に1度の確率で重大事故が起こるとした。また、今回の事故の損害額を5兆円として期待値計算をし、原価に上積みした結果、8.9円/KWになったという報道があった。損害額がわずか5兆円なのか、こんな統計手法の考え方で良いのか大いに疑問は残る。だが、今回問題とするのはこれを参考にしたITの問題である。

 昨今、コンピュータネットワークを介した顧客情報などの流出に止まらず、明らかに組織的と考えられる攻撃、機密情報の窃盗と考えられるケースが増加してきている。厄介なのは、お金や物と違って、情報は盗まれていてもそれがなかなか分らないことである。

 こんな組織は長期にわたって盗みを続けるため、盗んでいることが分からないように細心の注意を払う。国家の安全保障にかかわるような問題でなくても、例えば特許出願直前の社運を賭けた新製品の研究開発情報がライバルに漏れるようなことがあれば(注2)、その損失は“計り知れない”だろう。事故の種類ごとに、その“計り知れない”損失の内容(種類や大きさ)や相手(利害関係者)を想定し、対策や覚悟、準備を考えておかなければいけない状況になってきたようだ。想定外で逃れられる問題ではない。


注2:多くの法治国家では不正な情報取得は禁じられてはいるが、民間がやれば犯罪でも、国家が関与すれば話は別というケースもあるようだ。


 原発事故の損失についてはいろいろの意見がある。例えば、放射能汚染地の人たちには、避難などに伴う被害や経済的被害のほかに、先の生活設計が立てられないことによる精神面を含めた被害、一生を通じての健康への不安などがあるが、これらはどう評価すべきであろうか。

 日本の法律に定めた、1ミリシーベルト/年以下という公衆の許容被曝量は、内部被爆、外部被爆を合わせたものである。よって、人が安心して住める場所は狭まるが、山地や海底などの除染は、現実的には十分にできない可能性が残るから、国家としては実質的に国土を一部失ったことになる。これはどう考えるべきだろう。

 山地の栄養素が川から海に流れ、植物プランクトンを肥やし、これを動物プランクトンが食べ、これが海の魚介類の餌となる。魚介類の中でも食物連鎖により大型魚に時間とともに濃縮される。TPP問題で農業問題がクローズアップされるが、これも重要な食物問題だ。どう位置付けるか。

 放射能の総量は放射性物質固有の半減期でしか減少しない。集めればかさは減るが放射線量が増えて危険なものになり、拡散すれば濃度は下がるが、かさが増えて処理が困難になる。リーマンショックの引き金になったサブプライムローンの不良債権を思い出す(1つの大きなリスク源を細かく分けて、世界に広くばらまいた)。そもそも人類に扱えるもの、扱って良いものなのか――遺伝子操作問題などでは倫理問題としての提起があるが、原子力については今まで聞かない、という問題もある。

 原発事故の話を長々と書いたのは、原発問題としてうんぬんが目的ではない。原発という一分野の事故(主に技術問題)が、実に広い分野の多種多様な問題に関連してくることを示したかったためである。ITの安全の問題も、ITの「セキュリティ対策」といったような、コンパクトな考え方でカバーし切れる問題なのか疑問が出てくる。少なくとも今後のIT化の中心課題のはずだと思う。

 ひたすら“影”を見ようとせずに来た原発分野、ひたすら“光”に目を向け、“影”を日陰においてきたIT分野。今、共に“影”に光を当てないといけない状況のように感じるが……。

profile

公江 義隆(こうえ よしたか)

情報システムコンサルタント(日本情報システム・ユーザー協会:JUAS)、情報処理技術者(特種)

元武田薬品情報システム部長、1999年12月定年退職後、ITSSP事業(経済産業省)、沖縄型産業振興プロジェクト(内閣府沖縄総合事務局経済産業部)、コンサルティング活動などを通じて中小企業のIT課題にかかわる


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