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» 2012年03月13日 12時00分 UPDATE

情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(82):失敗は、「簡単なこと」「当たり前のこと」で起こる

IT活用にまつわる“鉄則”や“以前から指摘され続けていること”ほど、われわれは軽視してしまいがちだが、リスクとはそうした姿勢にこそ潜んでいるのかもしれない。

[情報マネジメント編集部,@IT]

ITが守る、ITを守る

ALT ・著=坂井修一
・発行=NHK出版
・2012年2月
・ISBN-10:4140911875
・ISBN-13:978-4140911877
・1000円+税
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 「非常時に、ITはいかに人間の幸福を守るべきか。このことを考えていると、自然に、科学技術そのものの性質や、人間の幸福と文化芸術の問題に向かわざるを得なかった」。「人間の幸福は、科学技術によって保証されるものではない」が、「人間の生活を幸福にするための道具として、科学技術、とくにITは今後ますます重要な位置を占めていくことになると思われる」――。

 本書「ITが守る、ITを守る」は情報工学者であるとともに、「NHK短歌」の選者を務める歌人でもある坂井修一氏が、「安全・安心な社会を築くために、今後ITはどうあるべきか」を考察した作品である。東日本大震災や原発事故、みずほ銀行のシステムダウンなど、数々の天災や事故を振り返りながら、今後のIT活用の在り方を多面的に探っている。

 印象的なのは、歌人としての視点も生かし、「ITを使う人の心理や感情」も視野に入れて、これからのIT活用を考えている点だ。例えば、「情報の伝達とは、冷たい事実関係の伝言ゲームではない。感情や心理の伝達も含めて、はじめてITは人びとの幸福に寄与できるのではないか」。「誰もが発信でき、発信者・受信者の関係も対等で、コミュニティを自由に作れる」として、ソーシャルメディアの有用性を訴えている。

 一方で、インターネットの使用に慣れていないと情報の入手・発信において不利益を被るデジタルデバイド(情報格差)の問題も挙げ、「ソーシャルメディアで流通する情報をマスメディアでも流す、地方公共団体などの広報にネット上の有用な情報を入れる」など、今後のインターネット利用の在り方に一石を投じている点も一つの読みどころだろう。

 みずほ銀行のシステム障害について考察した下りも興味深い。周知の通り、銀行のように大規模なシステムはソースコードが一億行に上るケースが多く、この規模になると「平均で一万個のバグが存在する」。だが、「これを全て切り取らないうちはソフトウェアが出荷できないとすると、開発期間やコストは現実的なものではなくなってしまう」ため、出荷・運用時には「0.1%とか、0.001%の割合」でバグや脆弱性が存在することになる。

 従って、万一、障害が起こったときに素早く原因を特定し、解決する「実行時修復」を高いレベルで行うことが不可欠となるわけだが、みずほ銀行はこれに失敗した。著者はこの事実を基に、システムの復旧に向けて スムーズに意思決定を行うための社内体制整備や、「CIOの設置」「CIOの地位向上」の必要性を指摘。併せて、「異常動作がどこで起こるのかを合理的に『追い詰めていく』」「テストとデバッグは創造的な行為」であると述べ、これらを確実に行う「最善設計・最善リカバリー」の重要性を訴えている。

 さて、いかがだろう。もちろん以上は本書の一部に過ぎない。だが、このように俯瞰すると、日ごろからITに携わっている人なら、すでに知っている、あるいは考えているような、極めて常識的な意見ばかりのように感じる向きも多いのではないだろうか。しかし、多忙な毎日の中では、こうした“当たり前のこと”ほど、意識から抜け落ちてしまいがちなのもまた事実だ。

 著者は吉田兼好の徒然草の中から、「木登り名人」の下りを紹介する。「木登り名人が弟子を木に登らせて、梢を刈らせた。そのさい、高くて危なそうな場所では何も言わず、軒の高さぐらいになってから『気をつけよ』と指導した」。兼好が「なぜ」と問うと「『危険な場所は恐いので注意が行き届く。失敗は簡単な場所で起こるものだ』と答えた」――。

 日ごろシステムの開発・運用にたずさわっていると、その忙しさゆえ、どうしても基本的なこと、簡単なことほど「なめてかかって」しまいがちだ。それは業務システムを開発・運用する際だけではなく、ITを生かすための社内体制を作ったり、個人としてITを利用したりする際も同じだろう。リスクとは、“鉄則”や“以前から盛んに指摘され続けていること”を惰性で受け止めてしまう姿勢にこそ潜んでいるのかもしれない。

 ぜひ本書を読んで、現在のIT活用の在り方を見直してみてはどうだろう。そして、「人間の生活を幸福にするための道具」としてITを使いこなすためにはどうすべきか、という最も“当たり前”な問いに、あなたなりの回答を出してみてはいかがだろうか。


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