優れたシステムを作るための“思考力、人間力”とは?何かがおかしいIT化の進め方(53)(2/3 ページ)

» 2012年04月20日 12時00分 公開
[公江義隆,@IT]

「全体最適」と「完遂のための人間力」を深く、広く考えてみよう

視点その1――システム思考の在り方

 まずは、新幹線建設におけるシステム思考(矛盾なく全体の調和と最適化を設計し、全体をもれなく実行するための考え方)の在り方について考えてみる。

 国鉄総裁の十河信二の下、副総裁格で新幹線建設の実務全体を取り仕切った技師長 島秀雄当人の随筆「東海道新幹線の開発を振り返る」(日本機械学会誌、VOL.76、No.659)がある。そこからの引用(表記は原文ママ)をまずは読んでほしい。

島秀雄「東海道新幹線の開発を振り返る」より

今さら改めて申し述べることもないとも思われるが、一方あれだけのものを完成するまでには事柄が表に表れるまでに長い長い年月にわたるいわば地下茎のような考究の蓄積があるものであるし、また表に出て広いフロントで開発を進めそれらを効果的に組み合わせて仕上げて行く段になってからは今度は右か左か、あれかこれかと判断し決定して進まねばならぬ点がずいぶんとあったものでもあるので〜(中略)〜この問題をシステマティックに考究するにはまず在来線を改良・増強することではどこまで負担して行けるであろうかという問題がある。

つぎに輸送需要予測の問題がある。これは鉄道以外にも同じ陸上輸送具である自動車の将来を〜(中略)〜自動車道の発展と合わせて考慮し、また沿岸航路、空路の発達も考えてそれら輸送機関間のあるべき分担の姿を推定しなければならないのである。国の計画による高速道路・港湾・空港の建設と企業によるそれらの輸送具増強の進展の時系列的推測と一般生産の延びの関係から鉄道にかかる輸送需要が推測されるはずである。

しかしそこには同時におのおのの輸送手段に対する需要者の側からの到達所要時間を含めての便利さ、安全さ(保険)、正確さ、などと所要経費(運賃)とのバランスを主とするプリファレンス(好み)の問題を含んでいるのである。これらの推測のためには多くの計画書があり予測数字があるが、短期はよしとして長期には結局は判断によって大局をつかむこととなる

〜(中略)〜あくまで冷静にシステマティックに考察し、新しい科学・技術に即した鉄道をイメージアップした新鉄道の機能を確信してその建設を提案するとともにこれをこの酷評(注3)に自省しつつ確実に完成しようとしたものである。すなわちすでに在来の東海道線があって、これを補強するために建設するものであるから、当然在来線と総合して最高の効率を上げるものとすべきである。


注3:主にコスト面での懸念から、作家の阿川弘之により「世に四バカあり。万里の長城、ピラミッド、戦艦大和に新幹線」と批判されるなど、当時は「自動車の時代に時代遅れの鉄道」といった反対意見が世間に渦巻いていた。


〜(中略)〜長い間狭軌の狭い土俵の中で何とか精一杯の力を出そうと苦心惨たんし、いつも「もう少し土俵が広かったらな」と細かい配慮を強いられながら頑張っていたのが、ここに日の目を見て力強く吹き出したように新幹線を完成したものだと思うのである。逆境の不幸が幸福につながったものと感謝すべきであろう。

       引用元文献:島秀雄「東海道新幹線の開発を振り返る」

            (日本機械学会誌、VOL.76、No.659)


 最後の一文は、「意思と考え方次第で、逆境が人や技術を鍛える」ということであろうか。

 この部分を読むと、島氏が非常に幅広い視点を持ってシステム思考を貫いていたことがよく分かる。特に太字で示した部分、とりわけ「効果的な組み合わせ方」「判断・決定の基準」「大局のつかみ方」「どうすれば確信できるのか」といった点は、システム思考の要点を示しており、われわれが日常業務を遂行する際にも不可欠なポイントである。例えば、われわれがプロジェクトに臨む際、以上のようなシステム思考を実行できているだろうか?

 ただ、中には、以上のようなシステム思考を構成する各論点について、「具体的な考え方」が書かれていることを期待して読んだ向きもあるかもしれない。しかし、それらは自分で考え抜いて、その上で経験して、自分の中に見つけ会得していくものだと私は思う。

 日本の書店に並ぶハウツー本の異常なまでの多さと、基礎・基本を記述する本の少なさは日本に何をもたらすのか、私は常々不安を覚える。もし書物の中のハウツーを読んで問題がどんどん解決されるのなら、これほどのハウツー本はそもそも必要ないはずだ。「マニュアルとハウツー本に頼る=考える能力を失っていく」ことに、多くの人が気づいてほしいと思う。

視点その2――合理的発想と最適化

 次に、固定観念に対峙する合理的発想と最適化について考えてみる。

 当時、世界や日本国内では「鉄道は斜陽産業」「長距離列車は機関車が客車を引く(現在のブルートレインと同じ)方式」が常識であった。また、新幹線建設の計画当初は、「在来の東海道線を複々線にする」「在来方式の狭軌路線を新しく建設する」「広軌路線を新たに建設する」という3つの案があった。

 在来の方式なら政治的、財政的、技術的にハードルは低く、とりあえずの目先のコストは安くできる。乗り換えの問題、車両の相互使用/乗り入れにも問題は少ないなど、リスクも低い。だが、輸送力の大幅な改善は狙いにくい。

 そこで最適な計画を求めて、「ルートをどうするか」「広軌か狭軌か」「貨物/鈍行/急行は分離するか」「機関車か電車か」などなど個々の課題を別々に検討する必要が出てくるが、課題ごとの最良結果(部分最適)を組み合わせたところで、全体最適になるわけではない。

 また、3つ目の「広軌路線を新たに建設する案」については、広軌長距離電車列車の国内実績がなかった。一方、長年の実績がある機関車を使おうにも、機関車は動輪の空転を避けるため、電車に比べて重量がある。そのため軌道や路盤、橋梁などにより強固なものが必要になる。ルートにしても、直線的な市街地バイパスルートは距離を短縮し、所要時間、工事費などで有利であるが、従来線への乗り換えの不便さや、政治家対策(注4)などの問題もあった。


注4:鉄道の新線建設は、道路建設などと同様「地元に鉄道を引いてくる、新駅を作る(我田引鉄と言われる)」などと公言する政治家の、自らの立場を強めるための格好の材料として利用されることが多い。そのため、鉄道建設の基本が無視されたり、筋の通らない変更が求められたりして、計画通りの実施が困難になりやすい。また、国家予算が単年度会計のため、その時々の政治、財政状況にも翻弄されやすい。在来線と同じ狭軌軌道なら、完成部分から営業開始できるが、広軌の新線建設では全てが完成しないと営業開始できないことも手伝い、計画は一層遅々として進まなくなるというリスクもあった。


 このように、実にさまざまな面で“二律背反的に関連する事項”が多々あった。もし各課題を順番に考え、決めていけば、考える順番によって全体の結論は異なり、多くの場合、最適とは程遠いものになる。全体最適を実現するためには、全ての構成要素やその条件を同時に考え、決めなければならないのだ。そのため、意志決定者には関係分野全てに対する広い見識が必要になる。

 あなたの業務でも、「実にさまざまな面で“二律背反的に関連する事項”が多々ある」状況は変わらないと思う。あなたは、それをどう考え、どう解決しているだろうか。

 新幹線計画で結論として決められたのは、「在来線とは別の、広軌によるまっすぐなバイパスルートの路線を敷設」することと、在来線とは機能を分担して 「特急/急行専用線とする」ことであった。また、従来の事故分析の結果、踏み切り事故が過半数を占めていたことから、踏み切りは全廃とした。線路への立ち入りは法律まで作って禁止した。「安全とコストのバランス」に対する明確な考え方があったのだろう。

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