コラム
» 2004年06月14日 10時03分 UPDATE

コンテンツ保護の“日米差”はどこからくるのか (3/3)

[小寺信良,ITmedia]
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 問題を単純なものにすり替えてしまえば、簡単に理解できることだ。だが今、多くの人は、Winnyを起動してネットに接続すること自体がヤバイ行為という認識になっているのではないだろうか。問題は、Winnyを使って何を公開し、何をダウンロードしたかなのにもかかわらずだ。

ホワイトサイド氏:「残念なのは、いろんな議論が結局は著作権法の問題に尽きてしまうことです。コンテンツ制作会社であれ、放送局であれ、家電メーカーであれ、お客さんは同一の『コンシューマー』というものを対象にしています。今現在のコンシューマーでは、コンテンツはいつでもどこでも、どのデバイスでも楽しめるようにしたいという希望があります。そのためにはそれぞれの当事者が、いかにしてコンシューマの期待を満たすかということに集中すべきであり、著作権法の議論に集中すべきではないと思います」

ローレンス氏:「米国でも著作権法のフェアユースの概念は曖昧です。Intelでは、いかにしてコンシューマーの期待に添うように実現できるか、テクノロジーはそこに向けて展開されています。なぜならば、法律そのものがいつも明白な状況になっていないからです。われわれはコンテンツ会社と仕事をする中で、“法”に向いてではなく、“コンシューマー”に向いて取り組むことを進めています」

 この考え方は正論だが、日本ではなかなか明言することが難しい部分だ。つまり、法律は現実のあとから付いてくるというのが、米国のスタンスだと言える。

 一方、日本では、正義が企業に対して強く求められていく。例え自分が不便になろうとも、それを追求していくような姿勢が、日本人、というか儒教思想が根底にある国にあるのではないだろうか。

 だが、ここでわれわれが混同してはならないのは、「法的正義=社会的正義」ではないということだ。社会的正義は、人間の常識や教養といった中から生まれてくる。一方で法的正義は、時に社会的正義とは別の次元で正当化されてしまうという、危険な側面を持っている。数々の訴訟や法改正のなかに、「ん?」というようなものが最近増えていないだろうか。

ホワイトサイド氏:「日本ではデジタルテレビへの移行が進んでいる中で、PCでアナログTVチューナー搭載したものがあり、コンシューマーはそれを使うことでPVR(DVDレコーダなど)が実現できました。そのため今の日本は、テレビ放送には個人のための柔軟性ある利用というものが存在しています。デジタル放送がアグレッシブに展開されているのは、これはこれで素晴らしいことですが、デジタル放送のコピーワンスは、コンシューマーの期待に添うものではないということを懸念しています」

ローレンス氏:「技術は進化しなきゃなりませんが、コンシューマーの期待に沿ったものでなければ、その技術はコンシューマーによって拒否されてしまうでしょう。コンテンツの保護と言う点では、コンシューマーからの新たなる期待を満たすことができるものであるべきだし、同時にコンテンツ制作者の要求にも沿ったものでもあるべきです」

 彼らの言わんとするところはよくわかる。ユーザー、メーカー、コンテンツホルダーが“ウィン・ウィン・ウィン”の状況を作らないと、ビジネスとしてうまくいかないよ、というのが、デジタル放送先進国であり、その成功者である彼らの見解なのだ。

 筆者が思うに、現状の日本のデジタル放送は、コンテンツホルダーの主張のみが優先されており、ユーザーの利便性は完全に置いていかれている。そしてそんな状況を見てAV機器メーカーは、デジタル放送録画に対して「このままじゃ売れねえよなぁ」と十分に分かっているが、今のところ具体的な作戦もない状況だ。

 この話には、まだ続きがある。来週はさらに踏み込んだ視点から、コンテンツビジネスのあり方を考えてみたい。

小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。

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