ITmedia NEWS >

CHEMISTRYライブの“完全生中継”に見る、デジタルWOWOWのチャレンジ(2/2 ページ)

» 2004年06月17日 09時23分 公開
[西正,ITmedia]
前のページへ 1|2       

 ただ、臨場感、臨場感と簡単に言うけれども、文字通り、その場にいるのと同じような感覚になるということは、それほど簡単なことではないし、そもそも、そうした場を体験したことのある人でなければ作り出せないものであることに注意を要する。その点を考慮して検証してみよう。

 CHEMISTRYのライブ中継では、放送が開始してからまずしばらくは、会場の席が埋まっていく様子が映される。HDの鮮明な映像のせいか、まさに自分自身が早めに会場に到着して、二階席や三階席が埋まっていく様子をキョロキョロ見ているのと同じ感覚が味わえる。ステージの上でスタッフが準備を進めている光景なども、実体験しているの同じ感覚で見ていることができた。

 開演時間が迫ってきても、なかなか始まらない。その待ち遠しい感覚もリアルだった。ようやく本人たちが登場してきて、場内が一気にコンサートの熱狂の真っ只中に変わるところも、生中継ならではの描き方に成功している。

 ただ、その辺りから、臨場感という言葉が当てはまる部分と、そうでない部分とに相互に交錯するような形になった。まずは歌い手の顔がアップで映され、ステージ上でしか撮れないような映像がテレビの画面一杯に映し出されてくる。HDの鮮明さの現れなのだが、歌い手の顔に汗が流れているのも、いかにも熱気溢れる感じを伝えてくる。しかし、そこで「待てよ」という気持ちになる。

 臨場感ということなら、その会場に自分がいるのと同じ感覚を言うはずである。ライブにはよく出かけるが、どんなに良い席が取れた時でも、歌い手の顔のアップなど見えたことはない。むしろ、テレビで見ているからこそ、会場の席からは見えないところが見られるという映し方がなされているということだ。

 プロ野球の観戦でも同じだが、テレビで見ているからこそ、ストライク、ボールが分かったりするのである。球場にいて、そこまで見えることはない。それがテレビでの生中継の最も良いところではあるのだが、それが臨場感とは言えないことも、また確かなはずだ。

 だから、カメラワークが変わり、アリーナ席の後方辺りから映すステージの光景は、まさに臨場感になる。会場にいれば、実際にこういう風に見えるからだ。HD画像の良さも生きている。

 テレビで音楽ライブの番組を見ているのなら、テレビならではの映像が楽しめて満足感も高いが、それならなにも“生中継”で放送する意味はないように思える。会場ではなくテレビで見ていることは、見ている本人が一番分かっていることなのだから、テレビ的な見せ方をするのなら録画でも十分だからだ。そこが音楽ライブとスポーツの生中継の差でもある。スポーツの場合は勝ち負けの結果を知ってしまった後で録画を見ても、興味は半減以下である。

 さらに、臨場感とは程遠いものだと痛感したのは、曲が流れ始めるや否や、テレビ画面の右下に曲名が表示されるところだ。通常、この手のコンサートでは、次に何の曲をやるのか分からないところが良くて、全く関係ないイントロを演奏しながら、いきなりお目当ての曲が始まるという趣向が凝らされることが多い。

 まさに会場にいるからこそ一気に盛り上がれる、“醍醐味”ともいえる部分である。それなのに、毎回、曲名が早々に表示されてしまったのでは、むしろ思いっきり「録画的」な感じを受けてしまう。

 こうしたあたりは、録画放送の時にはサービスになることが、生中継の場合では逆効果になってしまうのだ。視聴者に臨場感を提供するのがこの放送の狙いなのであれば、こうした部分での見せ方についても、試行錯誤を行い、録画放送のときとは違った見せ方を工夫するべきなのではないだろうか?

 以上のような点が、今回の生中継においての“課題”として挙げられる。だが、音質の方は申し分なかったことは、付け加えておかなければならないだろう。5.1chサラウンドならではのもので、特に、ベースやドラムスといったリズム楽器の音が、テレビに向かう視聴者のところにもリアルに提供された。あの音は会場にいなければ実感できないものだろう。音質については、全く申し分のない出来だった。

 今回のWOWOWの試みは、デジタル放送サービスの新局面を開拓していく上では、非常に意義深いものと評価している。音楽番組についての臨場感をどのように表現するのか。もしくは臨場感自体には限界があると考え、これまでの録画型のライブ番組との差別化に特化していくのか。WOWOWは、さて自らの今回のチャレンジをどう評価し、今後の放送にどう生かしてくるだろうか。

 デジタル放送関係者および音楽ファンにとって、これは目が離せない展開になりそうだ。

西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、潟IフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。

前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.