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「NHKと民放の関係」を再考する(2/2 ページ)

» 2004年11月04日 15時05分 公開
[西正,ITmedia]
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 ただ、BSデジタル放送の売り物であった「ハイビジョン放送」と「データ放送」について、現状を見る限り、相応のコストを投入して市場を拡大させるべく貢献しているのがNHKであることに民放各局も異論はないだろう。東経110度CS放送についても、もしもNHKが参加していたら、今とは異なる状況になっていた可能性もある。

 そう考えると、NHKが新たな事業領域(新たなメディアなど)へ踏み出そうとする際には、それに異論を唱えたりせず、マーケットが形成されるまでの最も厳しい期間は、むしろNHKに地ならしを任せるほうが、民放にとっても得策なのではないだろうか。

 NHKがそういう立場を取れば、それをもって「NHKの肥大化」とは言えないはずだ。その後、確たるマーケットが形成された段階になったら、改めてNHKと民放が競争してマーケットの奪い合いをすれば良いのである。その際、NHKが「マーケットをここまで大きくしたのはウチなのだから」といった主張をしたとすれば、その段階で「公共放送たるNHKが言うべきではない」と“肥大化”をけん制すべきなのである。

 逆に、放送事業の中でも既に成熟した部分については、NHKが公共放送であることの強みを生かすことによって、民放より優位に立つことのないようにする“チェック”はあってもかまわないと筆者は考える。例えば、NHKが公共放送の枠を超えてまで高い視聴率を取ることを優先するような番組編成を行うようであれば、それこそ「肥大化につながる行為」だとの批判が意味を持ってくるはずだ。(ただ、オリンピックをはじめとする国際的なイベントの放映権を獲得する際などには、これまでもNHKと民放は相互協力体制を取ってきており、今後もそれを維持していくことに変わりはないだろう)。

「NHKと民放のあり方」再検討は視聴者主導で

 これまでの「肥大化」論は、ややもすると、他の業界では既に通用しなくなっている「既得権者の自衛策」のように見えなくもない。わが国におけるNHKと民放の二元体制は世界にも例を見ないものである。都合の良い時だけ、英米の公共放送の実情を持ち出してきて、NHKをけん制しようというのでは、はたから見ていて何の説得力も感じられない。民放側から「NHKの民営化」を望む声がほとんど出てこない点からも、NHKと民放の複雑な関係が分かろうというものだ。

 放送事業の場合、NHKであると民放であるとによらず、その公共性の高さから、単純に競争原理を導入すれば、サービスが向上するわけではない。そこには自ずとNHKと民放の両者によって形成された「秩序」というものがある。それに基づいて運営していくことを、間違ったことだとは思えない。

 「放送と通信の融合」という言葉が現実味を帯びて語られるようになってきた昨今、放送業界の側からすると未知の領域に足を踏み入れざるを得ない場面が多くなってきている。新たな事業領域に踏み出していくための決断は、放送局の一存では決めかねるケースも多くなっている。それは総務省による規制云々という話ではなく、むしろ良質なコンテンツの提供を続けていくという本業の部分を維持していくために必要な著作権者たちとの合意が取りにくいという形で現れている。

 商業放送たる民放としては、真っ先にリスクの高い領域に踏み出しかねることも多いに違いない。そうした際に、NHKが真っ先に踏み出していくことを「肥大化」などと言ってけん制していたのでは、一向に前に進まなくなってしまう。こうした新市場は、リスクこそ高いが、成功すれば大きなマーケットになっていく可能性があるかもしれないのだ。

 結局のところ、NHKが先行したからと言って、できあがったマーケットをNHKが独り占めするようなことを許さないようなチェック機能を働かせば良いのである。「マーケットの形成」は公共放送の任務だが、「マーケットの独占」は公共放送のなすことではないという考え方である。

 そうした合意さえ社会的に認知されていれば、総務省の規制などなくても、視聴者の目が光っていることで、十分に放送業界の秩序は保たれていくはずだ。そうすれば、将来にわたる放送局の経営の健全性も維持されていくに違いない。

 こうしたことを再確認した上で、「多メディア時代のNHKと民放の関係のあり方」について、視聴者本位の視点で検討していくことが求められるのである。それを官主導の検討会などに委ねていては、放送局の「既得権の保護」ばかりが優先されることになりかねないだろう。

西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、(株)オフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。

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