コラム
» 2005年09月01日 07時25分 UPDATE

ITmedia +D オープンにあたって:+D宣言――新しいデジタルコンシューマー層の出現

デジタル市場に新しいタイプの先進的コンシューマー層が登場してきている。彼らは技術志向の強い市場で存在するとされたアーリーアダプターとマジョリティの間の溝を埋め、デジタル市場における普及の指標になろうとしている。

[+D総編集長、中川純一,ITmedia]

 アーリーアダプターという言葉がある。文字通り、新しい製品や技術などが登場すると、比較的早期に採用する人々のことだ。イノベーションの普及を実証的に研究したエベレット・ロジャーズの古典的名著『Diffusion of Innovations』(『技術革新の普及過程』)で用いられ、有名になった。

 氏によれば、最初にイノベーションに飛びつく「イノベーター」は、価値観や感性が社会全体の平均から乖離しており、しかもごく少数。それゆえ、一般に普及していくのか判断する指標にはならない。これに比べ、アーリーアダプターは、乖離が小さく、ボリュームも小さくない。ロジャース氏によれば、イノベーター層は2.5%。アーリーアダプターは全体の13.5%を占めるという。

 また、アーリーアダプターはフォロワーであるマジョリティ層からの尊敬も受けており、彼らが採用した段階(普及が16%を超える段階)で、そのイノベーションは社会全体に急速に普及していく(詳しくはこの記事を参照)。だから、新しい市場が生まれるかどうかを見るには、アーリーアダプターの動向に注目する必要があるし、彼らのハートを捉まえることが、普及への鍵になるというわけだ。この理論は60年代以降、マーケティングの世界では広く信じられてきた。

 だが、90年代に入って、この理論にジェフリー・ムーア氏が一石を投じた。アーリーアダプターとそれに続くアーリーマジョリティ層(ムーア氏によればプラグマティスト)の間には容易には越えがたい大きな溝(=キャズム)があり、ハイテク製品ではそれが特に顕著だというのだ。理由は、アーリーアダプターが「他人が使っていないもの」を求めるのに対し、プラグマティストは「多くの人が使っていることに安心し、購入する」傾向が強いからだという。

 だからアーリーアダプターに持てはやされていることは、プラグマティストへの普及に即結びつくものではなく、むしろ逆効果にさえなる。新市場の確立を狙うなら、プラグマティストにダイレクトにアプローチする必要がある、というのが氏の論旨だ。キャズム理論は90年代以降、米ハイテク業界に広まっていった。

新しいデジタルコンシューマーの出現

 テクノロジー業界に身を置いていると、確かにこのキャズム理論を実感せざる得ない事例に数多く出会う。優れたテクノロジーを詰め込んだユニークな製品が登場する。一部の人々には熱狂的な支持を受けるのだが、ある一定のボリュームに達するとパタリとその伸びが止まってしまうのである。

 「日本のPC市場には約2万人のアーリーアダプターがいるけれど、彼らを攻めても商売にはならない」。90年代の半ばにはもう、大企業のマーケティング担当者からそんな分析を聞かされるようになった。凡庸だけども安くて、安心できる製品が売れる。それゆえ市場にはどんどんつまらない製品があふれる。そんな悪循環がここ数年間のハイテク市場を覆ってきた。

 だが、ここにきて風向きが変わりつつある。新しいタイプの先進的デジタルコンシューマー層が出現してきたからである。

 この新しい層は、マジョリティを攻めようと企業側が行う“イメージ戦略”には流されず、自ら情報を集め、その製品を購入するかどうか判断する。その意味ではロジャース氏の言うアーリーアダプターだが、彼らは決して“他人が持っていない(新奇な)製品”を基準として、自分が購入するものを探し求めたりはしない。

 自分の生活をより豊かにし、楽しいものにしてくれる製品――それを第一の基準としてデジタル製品を選び出すのである。中に詰まっているテクノロジーが技術的に面白いかどうかなどにも頓着しない。デジタルリテラシーは決して低くはないが、大事なのは、結果として便利で十分な機能を持っているかどうかだ。

 彼らはテクノロジーを使いこなすが、それに縛られてはいない。デジタルの広野で、自分のライフスタイルに合ったものを自由自在に選び出す力と眼を持っているのである。試みに筆者は彼らのことを“デジタルノマド”と呼ぶことにした(※ハードモバイラーとは別の意味で使っている)。

 デジタルノマドはある意味で普通の人々である。ナードでもギークでもなく、デジタル製品を自分の生活の一部分として溶け込ませている。ポテトチップスを箸でつまんでPCに向かうこともなければ、膨らんだカバンの中をデジタル製品で一杯にして出歩いたりもしない。

 それゆえ、デジタルノマドとマジョリティ層の間にはムーア氏言うところの「キャズム」は存在しない。デジタルノマドが選び出したものは、より平均的な人々にも受け入れられる基準で選ばれているからである。10年余りの間、デジタル市場で存在していたアーリーアダプターとマジョリティの間の裂け目は、この新しいデジタルコンシューマー層の出現で、再び埋められようとしているのである。

 これはまた、ハイテク市場――今ではデジタル市場というほうが似つかわしいだろう――が、衣食住などの市場と異質なものではなくなってきたことも示唆している。それゆえか、デジタルノマドは衣食住など、他のマーケットでもオピニオンリーダーであることが珍しくない。彼らは本質的に、自分の生活のクオリティを向上させることに積極的な人々だからだ。

 今回、ITmediaが開設したコンシューマー向けの新ブランド「+D」はこの新しい高感度デジタルコンシューマー層をターゲットに、さまざまな形での“新しいライフスタイルの提案”をしていくことを目指している。皆さんがさらによい形でデジタル製品やデジタルサービスをプラスし、デジタルライフのクオリティを向上させていく一助になれば――そんな願いから、+D(プラスディ)と命名させていただいた。今後ともご愛顧のほど、よろしくお願いします。

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