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悩みは尽きぬバーチャルサラウンドの世界小寺信良(3/3 ページ)

» 2005年11月28日 12時20分 公開
[小寺信良,ITmedia]
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頭部伝達関数の謎

 近年バーチャルサラウンドの質が向上したのは、頭部伝達関数(HRTF:Head-Related Transfer Function)を高速にプロセスできるDSPチップが潤沢に流通するようになったからだと言われている。頭部伝達関数とは、自由空間の中で音が聴収者の鼓膜に伝わるまでの伝達特性を表わしたものだ。

 わかりやすく言うと、例えばあなたが無響室の中にいて、左側に音源があったとする。すると左耳はダイレクトに音源からの音を聴くが、右耳は顔に当たって回り込んだ音を聴いている。あるいは耳たぶや肩に反射した音も聴いているだろう。さらには、右耳のほうが音源からちょっと遠いこともあって、左耳よりも低い音量で聞こえているはずだ。頭部伝達関数は、このような特性を測定したものである。

 人間の脳というのは、これら左右の耳から入ってくる音の情報差により、音の出所を推測することができる。この頭部伝達関数を利用する、つまり「こう聞こえる」という情報から逆算して、「そう聞こえるしかない」音を作ることで、バーチャルサラウンドは飛躍的に進歩した。

 さらにDAV-X1では、無響室で測定した頭部伝達関数に対して、ソニーがホール音響や室内音響分野で得たデータベースやノウハウを使って、間接音の影響も考慮した関数にアレンジしている。そのため、論理値からは若干離れるが、より多くの人がナチュラルに聞こえるという。

 それでも筆者が上手く聴き取れないのは、筆者の顔かたちが、頭部伝達関数を測定するダミーヘッドの要素から大きく外れているために、特性からズレているということは考えられる。測定に使用するダミーヘッドは、マネキンの頭みたいなものだが、その均整の取れた形状から比べると確かに筆者の顔かたちは、「異端」と言えるかもしれない。肩幅に比べて顔はデカいし、ヒラメ顔の割には鼻だけとんがってやかましわ!

 例えばプロセッシングのパラメーターとして、頭のサイズや肩幅など身体的な要素を入力できるようにしたら、頭部伝達関数を各個人用にパーソナライズすることもできるだろうか。

 「確かにそれは興味のあるところではありますが、なかなかそこまでは至っていないというのが現状です。また音の種類でも、得手不得手みたいなのはあるようです。音源の持つ倍音構造が定位感に与える影響というのも、まだよくわかっていないんですね」(中野氏)

 そんな中で、同事業部 技術部システムスピーカー課統括課長 宮地茂樹氏の話は、なかなか興味深かった。

 「サラウンドに聞こえる、聞こえないというのは、トレーニングの成果もあるかもしれません。僕なんかこれまで、いつもテストで使っているヘリコプターが旋回するサンプル音は、100回じゃきかないぐらい聞かされたんですけど、最近では『後ろ何メートル離れている』というところまでわかるようになってきた。多分これは学習したせいじゃないでしょうか」(宮地氏)

……うらやましい。うらやましいですう!(タママの声で)

 しかし本当に音が後ろから聞こえるのがいいかというと、映画の場合は必ずしもそうとは言えない。映画館のスピーカーの配置を見ると、背後にリアスピーカーがドンとあるということではなく、観客の周囲を囲むように沢山のスピーカーが配置されている。

 その音場を目指していくと、リアから音が聞こえるということよりも、音のつなぎ目がない移動感のほうが重要だ。バーチャルサラウンドが目指すべき目標は、「現在の5.1ch」のシミュレーションではないはずだ。

 だが昨今は、映画館に足を運ぶ人も少なくなっており、「本物の映画館の音」を知らない、あるいは忘れた人も少なくないという現実がある。とってつけたような5.1chシステムの、ある意味わかりやすい音場表現が比較対象としてデフォルトになってしまうと、上手くできたバーチャルサラウンドに対して、もの足りなく感じてしまうという齟齬が起こってしまう。

 バーチャルサラウンドは今後研究が進むにつれて、筆者のような落ちこぼれでも拾い上げてくれるほど優れた技術が確立されるかもしれない。そしてそのときに、サラウンドの理想型をどこに求めるのか。

 今後サラウンドソースは、デジタル放送も含めると、もはや映画に限らなくなる。スポーツ中継や音楽、バラエティ番組など多様化が進めば、「映画館の音を目指す」という方向性は、1つのオプションでしかなくなっていく。やはり最終的には、個人の嗜好や複数のシチュエーションに対して追従できるものでなければ、自然な音像表現とユーザーの満足感は得られないのではないか、という気がする。


小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。

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