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“プロの手調整”を超えた音場補正――ソニー ハイエンドAVアンプ「TA-DA9100ES」インタビュー(2/5 ページ)

» 2005年12月15日 02時41分 公開
[本田雅一,ITmedia]

 DA9000ESと“同じような”と形容したのは、全く同じではないからである。DA9000ESはソニー・ホームオーディオカンパニー・コンポーネントオーディオ事業部AVエンターテイメント部商品設計1課シニアエレクトリカルエンジニアの金井隆氏がチューニングにより生み出した音だ。荒々しくも猛々しい音を調教し、良い音を生み出したのが24ビットS-MasterのDA9000ESならば、素性は良いがやや腰の弱い32ビットS-Masterを鍛え直し、本来の能力を引き出したのがDA9100ESというわけだ。

photo 内部構造。基本的なシャシーレイアウトはDA9000ESと共通。しかし細かな部分で多数の補強が加えられている。これは堅く粒度の高い音に適度な響きを与えるチューニングが施されたDA9000ESに対して、柔らかな表現の32ビットS-Masterの素の良さを引き出すDA9100ESというチューニングの違いが出たもの

 “DA9000ESの後継機種ではなく、モンスター級に力強くなったDA7000ESの音”。これはメーカー側の宣伝文句でもなんでもなく、初めてDA9100ESの音を聞いた時、今回の取材相手でもある金井氏に伝えた最初の感想だったのである。製品ごと価格が異なり、それによってかけられるコストも変化する。DA7000ESは、当時の上位機種を新しいデバイスと異なる切り口である面で超えて見せたが、DA9100ESはコストをかけてその音を強化した。

 金井氏は「しばらくは放心状態でしょうね。最上位機種の更新はお休み。それだけデジタルアンプでやれることはすべてやった」と話す。

「音以上に音場補正」がアピールポイント

 これだけの音質をデジタルアンプから引き出したのだから、さぞ設計者としては音質をアピールしたいのだろうと思った。ところが金井氏は「DA9100ESで知ってほしい特徴は音質ではなく、音場補正技術のDCAC(Digital Cinema Auto Calibration)だという。

 音場補正機能はパイオニアがVSA-AX10でもたらした技術だ。誰もが簡単に多チャンネルのスピーカーを、どんな部屋でも使いこなしてほしい。そのためにスピーカーの距離設定や音量レベルなどはもちろん、細かな設置状況によって変化する周波数特性を補正する機能である。その後、ヤマハのYPAOをはじめ、ほとんどのAVアンプが音場補正を採用した。

 ところがその中にあってソニーは音場補正技術を導入してこなかった。

 ひとつには、各チャンネルごとの音声すべてにグラフィックイコライザの処理を通すことによる音質・情報量の低下……端的に言えば、鮮度の低下が質の低下を招くからというのもある。実際、初期の自動音場補正機能は音場こそ整うものの、若干の情報を失ってやや寂しい音になる感触があった。

 一方、比較的少ない計算量で効果的に周波数特性を整えることが可能なパラメトリックイコライザという手法もあるが、パラメトリックイコライザを効果的に使おうとすると、どうしても特定の帯域で位相のズレが生じる。サラウンドの場合、部分的にスピーカーが向かい合って設置されるが、位相がズレると互いに音を打ち消し合い、音が薄くなる(特定の音が小さく聞こえる)場合があることに気付く。

 この問題が判明してからは、パラメトリックイコライザで補正を行うシステムは、補正量や調整幅(Q値)を加減して位相のズレが大きくならないように配慮している。しかし、その分、周波数特性の補正効果は薄まる。

 ところが、半導体技術の進歩によりDSPの能力が上がり、今年も後半になって登場した製品のいくつかは情報量の低下をさほど感じないものも登場している。たとえばパイオニアのVSA-AX4AViに搭載された最新のMCACCは、全スピーカーをフラットに調整しても、以前のように薄味で情報量の少ない音にはならなかった(以前はフロントスピーカーに特性を揃えないと情報量低下をハッキリ感じた)。DSP能力向上とともにイコライザのソフトウェアに手が加わったためだろう。

 こうしたライバルの動向を知ってか知らずか、金井氏はこれまで「音場補正は音が悪くなるからやらない」と名言してきたのである。その金井氏が「DA9100ESの一番の売りは自動音場補正だ」というのだから、ずいぶん言うことが変わったものだとそのときは思ったものだ。

 「以前の製品の時には明らかにできませんでしたが、ソニーでももちろん自動音場補正に関する技術開発は行っていました。しかしこれまでは音質低下と補正効果を天秤にかけると、音質低下の弊害の方が大きいと判断していました」と金井氏は打ち明ける。

 DCACで導入されたのは1/3オクターブごとのピッチで補正点を配置する31バンドのグラフィックイコライザで、一般的なグラフィックイコライザに比べ3〜4倍も細かい帯域で分割されている。当然、計算量は膨大になるが、音場補正処理だけのために専用DSPをまるまる1個割り当てることで、高品質かつバンド数の多いグラフィックイコライザを実現した。

photo DSP Board。DA7000ESと同じアナログデバイセズのデュアルコアDSPハンマーヘッドシャークを2個採用。片方は従来通りの使い方、もう一方は自動音場補正の処理のみを行う専用チップ。主に31バンドグラフィックイコライザの処理のみに高性能DSPがまるまる割り当てられた

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