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自由奔放な社風が生んだ“絵心を伝えるエンジン”――東芝「メタブレイン・プロ」インタビュー(1/3 ページ)

» 2005年12月17日 04時11分 公開
[本田雅一,ITmedia]

 ある雑誌の企画で多数の薄型テレビを並べて見た時のこと。オッと思うほど良い絵を出しているテレビを発見した。東芝の液晶テレビZ1000シリーズである。現在、薄型テレビは液晶パネルとプラズマパネルを利用した2方式が主流だが、それぞれの利点と欠点がある。どの製品にも言えることだが、試聴環境ごとにスイートスポットがあり、それ以外の環境では階調表現に不満を感じる。

 その中にあって、東芝のZ1000シリーズは、ほかの液晶テレビにはない上手な階調の見せ方が特徴だった。特に明るいリビング(店頭よりはかなり暗いが、比較的明るめ)程度の環境での見栄えが良い。加えて不思議と黒浮き感が少なく、暗部の見通しも良い。

photo 東芝の液晶テレビ「Z1000シリーズ」

 東芝のテレビは国産ハイビジョンブラウン管で作られていた頃まで、画質、機能、スペックの面でトップクラスのブランド力があったが、その後、薄型テレビへと市場が動いて以降、今ひとつパッとした製品が登場してこなかった。

 加えてインターネット配信やHDD内蔵テレビに力を入れるなど、どちらかといえば画質よりも機能の面に力を入れていたこともあり、てっきり固定画素ディスプレイにおいても“画質”より機能性を重視した方向に行くと思っていた。

 Z1000シリーズとの唐突な出会いに少々驚いた筆者は、その直後に東芝デジタルメディアネットワーク社に取材を申し込んだ。

東芝の自由奔放な社風が生んだメタブレイン・プロ

 しかし、東芝の薄型テレビを開発するメンバーは、2年以上も前から“固定画素時代の高画質”を実現するため、東芝グループ全体を挙げて新映像エンジン「メタブレイン・プロ」を開発していた。Z1000シリーズは、その完全自社開発のメタブレイン・プロを搭載する最初の製品である。

photo メタブレイン・プロ

 その開発ストーリーの背景には、東芝の自由な社風が大いに反映されている。東芝ほどの大企業。それも重電分野や半導体製造分野で大きなビジネスを多数かかえる企業グループともなれば、硬直化した大企業的不自由さが目立つものだ。これはどこの企業でも同じと言える。

 ところが東芝は各カンパニー間のつながり、商品開発と研究所とのつながり、部門トップと開発現場のつながりがいずれも濃密で、組織を越えての人の交流やプロジェクトの発生が見られる。これは東芝という会社を数年間取材してきて、もっとも意外性を感じた部分だ。CEATEC時に取材したSEDの開発背景でも、グループ内の異なる組織間での技術交流が重要だったと話していた。

 そしてメタブレイン・プロの背景にあるのも、やはり異なるカンパニー間での密な連携である。

 東芝・テレビ事業部TV商品企画部商品企画担当プロダクトマネージャーの本村裕史氏は「BSデジタルでハイビジョン化が行われましたが、当時はブラウン管が主流でした。その後はデジタルハイビジョンと固定画素ディスプレイへと向かうことは目に見えていましたが、ふつうに開発していたのではブラウン管並の画質を得ることはできません。そこで固定画素での高画質化を目指し、MPEGのデコードから固定画素への再配置、ブラウン管で行っていた絵作りの要素までを含めたトータルの高画質化チップを開発しました」と話す。

 東芝のテレビは本村氏が商品を企画し、絵作りをテレビ事業部TV設計第一部第二担当主査の松尾多喜男氏がブラウン管時代から担当してきた。初めてプログレッシブのリアルD4に対応したブラウン管テレビ「Face ZX720」シリーズは、その高画質で高い評価を得たが、その企画と絵作りを担当していたのも両氏である。

 しかし松尾氏は固定画素時代に入り、思うような画質を出せないことにもどかしさを感じていた。

 「ブラウン管では当たり前にできていた絵作りが、固定画素のデジタルディスプレイでは様々な制約から理想的な絵を作れませんでした。デジタル処理における制約に加え、ブラウン管と液晶パネルの特徴の違いが大きい。自分の頭の中にはブラウン管の理想とする絵があり、その間のギャップが大きかったのです。そこで発想を切り替え、液晶パネルや今後登場するSEDで、ブラウン管時代と同じような自然な階調を持つ絵を出すにはどうすればいいのか。絵作りを担当する者としての意見をダイレクトにぶつけました」と松尾氏。

 その松尾氏の要望に対して、半導体設計を行っている東芝セミコンダクター社と、デジタルの映像技術を研究開発しているコアテクノロジーセンターのAV技術開発部、それとテレビ設計メンバーが一致団結した。

 「現在は高画質な液晶パネルを選べる時代です。自社生産は行っていない代わりに、いくつかの選択肢から良いパネルを選べる。また自社開発でも画質面で有望なSEDの実用化が目の前に迫っています。それに見合う以上の、高画質な製品を作るための基礎体力を得るために、優れた映像エンジンの開発が必要不可欠でした」(本村氏)

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