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映像のプロ業界へ急速に舵を切るAppleの戦略小寺信良(3/3 ページ)

» 2006年07月10日 10時00分 公開
[小寺信良,ITmedia]
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アップルジャパンの課題

 これはあくまでも筆者の個人的な印象に過ぎないが、米国の映像業界ではMacユーザーは確実に増えているのではないかと思える事例がある。筆者は毎年米国に2度取材に行くのだが、実はコンベンションセンターのコンコースに座り込んでハンバーガーかじりながらパソコンで何かを調べているという類の人が、どんなパソコンを使っているかを調べるのが趣味なのである。

 その趣味レベルの市場調査の結果によれば、コンシューマ機器を扱うCESショーでは、HPやDELL、もしくはまったく知らないメーカーのノートPCを多く見かける。

 だが放送機器を扱うNABショーでは、近年加速度的にPowerBookやMacBook Proを見かけるようになってきている。CESに比べて、Macを見かける頻度が圧倒的に違うのである。半数まではさすがに大げさだが、2〜3割程度はMacだ。なんだそれだけか、と思われるかもしれないが、OSのシェアが4%程度しかない現状で2〜3割は、破格に多いと言っていいだろう。

 米国ではApple本体がプロモーションに力を入れているため、映像業界への普及率は今後さらに高まるだろう。Intel Macの登場も、映像業界ではWindowsと互換云々ではなく、レンダリング速度2.5倍向上というスピード面で語られることが多い。

 これに対して日本での普及の課題は、Appleの放送業界への足がかりのなさだろう。映像業界は、いわゆるIT業界とはまったく違って、制作にかけられる予算によって絶対的なヒエラルキーが存在する。

photo 映像業界には、制作予算によるヒエラルキーが存在する

 こういう意識改革を伴うプロモーションは、トップダウンで行なう必要がある。すなわちCM制作あたりでバンバン使われるようになりました、という実績ができて、初めてそれに連なる下のヒエラルキーが使い始めるという構造がある。

 だがこの分野に強いベンダーは、すでにそれ向けのソリューションを持っている。今からそういうベンダーと組んでも、利益率で本腰を入れて貰えない可能性は高い。1億と数十万の商売では、当然だろう。したがって、まずユーザー側から率先して使ってみたいと思わせるように、インフォマーシャルを強力に推進する必要がある。

 その第一歩は、Macと映像技術両方に明るいプレスを育てることであろう。先日のNAB2006で行なわれた日本人向けプレスカンファレンスは、実に惨憺たるものであった。

 映像に詳しい専門誌の記者は、Mac自体がわからない。一方Mac系プレスから来たライターは、プロ映像のことがわからない。そもそもFCPのマーケティングマネージャーに、次期Macのリリース時期やアーキテクチャのことを一生懸命質問するようなライターが放送向けプレスカンファレンスに紛れ込んでくる時点で、招待する人選を間違っている。

 そんなことソフトウェアのマネージャが知るわけはないし、知っていてもしゃべるわけはないだろう。もう死ぬほどMacが大好きな熱意は伝わってくるが、顔見知りの専門誌記者とアイコンタクトでアイタタタと苦笑する筆者を誰も責められまい。

 これではマズイだろうということで、筆者も先月から実際にMacBook ProとFCPで、HDVの編集を始めたところである。まだそれほど込み入った作業はしていないが、特にチュートリアルなどの必要もなく移行できそうだ。至って常識的な作りなので、経験者ならば小一時間でだいたいの作業はできるようになるだろう。もう少しすれば、筆者もMacの映像ソリューションの記事が書けるかもしれない。

 放送業界へのMacの導入は、過去に導入した経緯を下敷きにしては、うまく行かないだろう。当時とは人もニーズも、そしてMac自体も完全に別のものに入れ替わってしまっている。イメージを一新して、ベンチャーのような気持ちでの取り組みが必要だろう。

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