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コミュニケーション衰退に見るIT時代の終焉小寺信良(3/3 ページ)

» 2006年07月27日 10時00分 公開
[小寺信良,ITmedia]
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情報から目を上げて、目の前の人と話す

 ケータイが普及し、無線LANのアクセスポイントが飛躍的に増えることで、人は新たなコミュニケーションの時代を迎えたと思っている。だが実際は、そのようなバラ色の考え方は間違っている。

 IT化というのは、単に誰でも情報にアクセスできるというだけなのである。そしてそれは同時に、膨大な情報整理を自分で抱え込む結果となった。つまりコミュニケーションができるようになったのではなく、話がスラッとわかって、いらないものは瞬時にスルーするという、より高い言語能力+情報処理能力が問われるようになっただけ、なのである。ITは決してコミュニケーション能力を育てないということに、早く気付かなければならなかったのだ。

 コミュニケーションの基本は、人と会って話すことである。ITテクノロジーを使ってコミュニケーションを取ることは、その代替であって、本質ではない。それで思い出すのは、80年代のポケベルである。

 20年前の女子高生は、数字しか伝えられないポケベルを使って、メッセージをやりとりしてみせた。これに対して当時の大人たちは、コミュニケーションの未来を見たわけである。どこにいても意志が伝えられて、どこにいてもそれが受けられたら便利に違いないと。

 だが実はポケベルによる情報伝達は、事前に約束事が決めてあるから可能なのである。「0840」を「おはよう」、「3341」を「さみしい」「42885」を「渋谷ハチ公」と読むためには、事前にそう読むというルールを知らなければならない。その知識はどこで得るかといえば、ポケベル自体では不可能で、これは対面での会話による口コミでしか教えることができない。彼女らはポケベルを使って会話していたわけではなく、自分たちにしかわからない暗号のテンプレートパターンを送出していただけであり、その不自由さが故に面白かったのだ。

 ITを利用したコミュニケーションと呼ばれるものは、実はこのポケベルの時代から本質的に変わっていない。文章が送れたり写真が送れたりしてある程度のもどかしさがなくなっただけで、それが一方的にメッセージをおくる「伝達」であるという部分は変わらないのである。

 一方で対面のコミュニケーションでは、意志の疎通を図る間に、お互いの意識を共有したり、あるいは話の途中で発見があり、成長することができる。このようなことは、「伝達」とはやはり本質的には違うものである。

 人間が成長するためには、やはり人と直接あって話を聞くということが、一番近道である。というよりも、過去人間はそれでしか成長してこなかったわけで、そのメソッドをたかだか数年か数十年前に発明された技術に置き換えて大丈夫なはずがない。学校なんかいらない、通信教育だけで十分、とは誰も思わないわけだが、話を単純化すれば誰でもわかる本質を、ITなどという言葉を絡めただけで見失ってしまう。

 今我々は、ITに対する幻想を捨てる時期にさしかかってきている。それはITがない時代の人間が、それをありがたがりすぎたからであり、最初からITがあるという世代のことを考えていなかったからでもある。IT革命により誰もが情報を発信できる、1億総クリエイター時代の幕開けだなどという話は、ただの妄想だ。実際に起こっているのは大量のコンテンツ消費と、著作権侵害である。

 風が吹けば桶屋が儲かる的な連想で行けば、ITにどっぷり使ってリアルな人間関係を軽視する世代は、やがて妙に人口の少ない「逆団塊の世代」を形成するに至るだろう。つまりITによる遠くて薄い人間関係に依存すれば、信頼できる人間関係が築けず、当然恋人もできない。したがって結婚もできず子供もできないわけである。この傾向は、少子化の統計などからも容易に想像できる。

 ITによってもたらされるもの、情報や遠くて薄い人間関係は、いつでもスルーできるし、時にはスルーしなければならないときがあるということを、認識しなければならない。メールを打つのに夢中になって、目の前の友人や家族を疎ましく思うようでは、本末転倒なのである。

 かつて劇作家の寺山修司は、昭和40年代に「書を捨てよ街へ出よう」というキャッチコピーを残した。今我々は、別の用法でこのこの言葉を噛みしめなければならない時代に居る。結局のところ、飛躍的に進むのはテクノロジーだけで、人間そのものの進化は、人間にはそれが見いだせないほど遅いのである。


小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。

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