コラム
» 2007年01月22日 12時30分 UPDATE

小寺信良:米国の前例に見る著作権法延長の是非 (2/3)

[小寺信良,ITmedia]

延長法と違憲裁判

――そもそもヨーロッパが70年にしたのは、どういう理由なんでしょう。

城所: ヨーロッパでは、作者の子孫2世代に恩恵を受けさせるためには、寿命も延びていることだし50年では短い、というのが大きな理由だったみたいですね。まず2世代保護ありき、ということだったようです。

――米国でも延長に際しては、違憲ではないかという議論もあったようですが。

城所: もともと米国の著作権期間延長法は95年に提案されたもので、成立したのが98年ですから、3年かかったわけです。その間もいろいろ議論されたわけですね。さらに成立してからも、すぐ訴訟が提起されました。これは著作権の期間が切れたものを出版して利益を得ていた出版社が、延長法は違憲であると言い出したわけです。

――「違憲」というからには、憲法に違反するということですよね?

城所: これは米国では、著作権の定義が憲法で決められているからですね。ここに条文がありますが、

 「著作者及び発明者に対して一定期間、著作、発明に独占的権利を付与することにより、学術技芸の進捗を促進することを目的として、著作物の保護に関する立法権限を連邦議会に付与する」(アメリカ合衆国憲法第1条8節8項)

 この法律は憲法に違反するといって争ったんですが、これは大変な裁判だった。日本でも有名なレッシグ教授(スタンフォード大学のローレンス・レッシグ教授)が弁護を買って出て、ほかにも著作権法の学者が大勢応援して。さらに言えば、米国では「法廷助言」というのが書けるんですよ。これは誰でも助言として、文書を最高裁に提出できるんです。これの中にはですね、17人の経済学者が書いた法廷助言があったわけです。もちろん延長反対ですよ。その17人のうち5人がノーベル経済学賞を受賞しているという、アメリカの頭脳を動員して争ったんだけど、結局は勝てなかった。

――はあ、勝てなかったんですか。

城所: そこで最高裁が何と言ったかというと、「延長法は悪法だが違憲ではない」と。日本では違憲判決はほとんど出ないんです。それに比べれば米国は日本より違憲判決は出しますけど、それでも違憲とするのは大変難しいんです。そういう意味では、決まった後になって争っても勝てません。

――延長の是非ではなく、延長法が違憲か合憲かが争点だったからなんですね。

城所: 結局最高裁判決が出たのは2003年だったんです。95年に最初に提案されてから最高裁判決で決着するまで、8年議論した。そういう意味で、私も日本でも議論を大いにすべきだと思うんですね。

何のための延長か

――日本のことを振り返ると、どうでしょう。延長するメリット、しないメリットは。

城所: ご承知のように今まで何回かミーティングやシンポジウムがありましたけど、結局両者がお互いの主張の言いっぱなしになるわけですよね。でも最後に決めるのは、私はやはり「国益」だと思います。国益にとってどうあるべきなのか。

――国益というのは、コンテンツ産業育成と考えていいわけですか。

城所: そうですね。日本のコンテンツ産業が儲かると。今日本は、モノ(物理物)作りでは中国に勝てない。結局コンテンツだ、それが「知財立国」の元々の趣旨でしょう。現在米国はコンテンツが輸出過多、日本はコンテンツに関しては輸入超過です。輸入超過だから今は延長しないけど、将来輸出超過になったときにやればいい、という考え方もあるかもしれない。それも含めて、時間をかけて議論を尽くすべきではないかなと思います。

――知財立国といえば、すでに米国がそうですよね。

城所: 米国は1980年代に、知財立国を言い出したんです。しかも動機も全く今の日本と一緒で、「モノ作りでは日本に勝てない」と。今の日本が中国に勝てないと意識したのと全く同じ理由で、知財立国を言いだした。レーガン大統領のイニシアチブで、ヒューレット・パッカード社のジョン・ヤング会長が委員長になって、産業競争力を回復するために「ヤングレポート」という報告書を作ったんですね。それが基になって「プロパテント政策」という特許優遇策を推進、もちろん著作権も保護するという方向に転換していったわけです。ミッキーマウス保護法も、それに乗ったということだと思います。

 一方、日本の知財戦略は、2002年に小泉内閣が「知的財産戦略会議」を設置、「知的財産基本法」を成立させたところからスタートしている。米国に遅れること、20年。この差が、保護水準を欧米並みにと焦る気持ちにさせる要素の一つだろう。


――日本は映画のみ70年になってますよね。そのときはほとんど議論らしい議論がありませんでした。

城所: そうですね。日本はわりと立法してパッとやってしまうというところがありますから、議論がなかった。ただそのときも、黒澤作品の保護期間が切れるというのがあったはずです。そういう意味ではミッキーマウスと同じようなものですね。(笑)

 映画に関する著作権保護期間延長に関しては、先頃「ローマの休日問題」としてメディアで取り上げられたため、ご記憶の方も多いだろう。このときは1953年公開の海外映画が問題となったが、邦画でも話題作が多かった。53年公開の主な作品は「東京物語」と「君の名は」、翌54年には「七人の侍」と「ゴジラ」がある。

 保護期間の線引きとしては、東京地裁では53年公開の映画は保護期間が切れているという判決が出たが、引き続き知財高裁に控訴している。いずれにしても日本は、「七人の侍」と「ゴジラ」まではギリギリであと20年延長できたことになる。


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