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れこめんどDVD:「ローズ・イン・タイドランド」DVDレビュー(2/2 ページ)

» 2007年02月09日 13時11分 公開
[皆川ちか,ITmedia]
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ジョデル・フェルランドのちょっとヤバイ可愛さ

 この映画の最大の魅力は何だろう。

 かつて“鬼才監督”として一世を風靡したテリー・ギリアムの、老いてなお健在な映像美か。それともイマジネーションあふれる原作小説か。

 いいやちがう。

 それはアリスこと、ジェライザ=ローズを演じるジョデル・フェルランドの可愛らしさに尽きる。マジで。

 パパのためにおクスリを注射器に注入したり、肥えて動けないママ(出てきて10分で死にます)の足をマッサージしたり、小さな指にバービーの頭をはめて独り遊びに興じたり、口紅を塗ってお化粧ごっこをしたり……。

 ローズの行動ひとつひとつに目が吸い寄せられ、時にイノセンスな少女、時にいっちょまえな女の顔を見せる彼女は、そのケのない人でも心惑わされるんじゃあないかな。そのケのある人が観た日にゃあ……ねえ。もちろん、ミッチ・カリンもテリー・ギリアムも後者なのは、言うに及ばずで。

 ギリアムは「ブラザーズ・グリム」では、元々ヒロインに童顔巨乳のサマンサ・モートン(「マイノリティ・リポート」のスキンヘッド少女)を起用したかったが、製作側から彼女では地味すぎると却下された。ローズのパパ役、ジェフ・ブリッジス主演の「フィッシャー・キング」(91)では、少女のように痩せっぽちで小柄なヒロインが、ホームレスのおっさんに惜しみなく愛を注ぐ。

 そして本作では、少女ローズと父親はふたりきりで逃避行の旅に出る。ローズとパパのやりとりはとても親密で、年齢の離れた恋人同士のようだ。ちなみに原作のローズは母親への憎悪を自覚していて、ママが死んだときはステップを踏んで口笛を吹く。

 さらにローズは精神年齢が10歳の青年、ディケンズともいい感じになる。ディケンズは少年時代、ローズのお祖母ちゃんのボーイフレンドで、お祖母ちゃん譲りのキスの仕方をローズに教える。ローズはキスで子供ができたと確信し、バービー・ベイビーが生まれるとディケンズに告げてふたりは大喜び。原作では、ここの場面はもう少しきわどい展開になりかかるのだけれど、映画では性的な気配は抑え、あくまでイノセンスを前面に出している。

ギリアム流アリスは観る者を不安の穴に突き落とす

 元ネタについてもう少し説明すると、ローズの原型となったアリスを生み出した作家、ルイス・キャロルの本業は数学講師だった。収入は安定しているが退屈な仕事の辛さを紛らわすため、キャロルは1850年代当時、最新芸術として流行していた写真術に凝り始める。そして少女たちを撮影することにハマり、数多くの少女写真を残している。これが原因で“ルイス・キャロルは少女愛者”という俗説が生まれた。

 「不思議の国のアリス」は、元はキャロルが友人である3人の少女に語った即興話で、アリスのモデルとなった少女から続きをせがまれ、キャロルは「アリス」を執筆した。その少女、アリス・リデルは当時10歳。映画版のローズ、そしてローズ役のジョデル・フェルランドも撮影中に10歳の誕生日を迎えている。

 なお、キャロルは吃音に加え、てんかんの診断を受けており、それは大きなコンプレックスとして生涯重くのしかかった。ジェライザ=ローズと恋に落ちるディケンズがてんかんである理由は、恐らくここからきているのだろう。心が子どものまま成長した少年のようなディケンズはキャロルの分身であり(それはすなわちミッチ・カリンの投影でもある)、美少女アリスとキスで子供を作って、ハートの女王さながらに怖い姉の支配下にある。まともな大人の存在しないワンダーランドならぬタイドランド(干潟の意)で、ローズは想像力で武装してどこまでも突き進む。

 舞台はアメリカ南部の州、テキサス。ローズの家は、「悪魔のいけにえ」(74)をハードにリメイクした「テキサス・チェーンソー」(03)の殺人一家が住む屋敷にそっくり。さらに、恐怖の象徴・デルの職業は動物の剥製師で、ウサギや鹿だけでなく、もっと大きい生き物も剥製にしているらしい。例えば、ベッドに寝ているお母さんとか……。

 19世紀の英国から21世紀のテキサスへジャンプしたアリス譚。ギリアムを魅了したテキサスのアリスは、イノセンスな美しさとあやうさで、観る者を不意に穴の中へ突き落としそうだ。不穏な感情を呼び起こしてしまいそうな、暗い、黒い穴の底へ……。

特典はギリアム信者の爆笑問題・太田が語るギリアムの魅力

 特典映像は、モンティ・パイソン時代からギリアムのファンだった爆笑問題(というか太田光)が語るテリー・ギリアム論。プロモーションで来日した時にギリアムと何度か対談も行い、その映像も一部収録。ギリアムのよじれたギャグ・センスと、お笑いの立場から見た本作の見どころ、ジョデルちゃんがいかに素晴らしいかについてなどなど、主に太田がファン心理丸出しなトークを展開。ぐだぐだな感じながら、でもファンってこんなもんだよな、と。

 ギリアムとジョデルちゃんのインタビューも入っていて、それを観ると、テリー・ギリアム(66歳)は今でも“子どもの力強さ”に憧れていることが良く分かる。やはり、年は関係ないんだよね。ね?

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