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ソニーの久夛良木から、全人類の久夛良木へ麻倉怜士のデジタル閻魔帳(3/4 ページ)

» 2007年05月07日 08時56分 公開
[渡邊宏,ITmedia]

麻倉氏: そのころ、ソニー幹部の中で製品へ適切な意見を示すことが出来るのは彼だけになっていました。大賀氏の時代(大賀典雄氏、2003年1月にソニー取締役会議長を辞任)は自身が技術の分かるプロデューサーでしたので、技術に基づいたリーダーシップを発揮することができましたが、跡を継いだ出井氏(出井伸之氏、2005年3月にソニー会長兼CEOを辞任)は「モノづくりからネットワーク」を掲げました。

 久多良木氏がソニーの上層部にいた時代、モノの価値を計り、どこへ投資するかというリーダーシップをとれる人は彼しかいなかったのです。彼の助言があったから完成したという製品も多かった。

photo 久夛良木時代をある意味象徴する「QUALIA」シリーズのプロジェクター「QUALIA 004」

 極限までこだわり抜いたAV機器シリーズ「QUALIA」に対して、きちんとした提言ができたのも彼だけでした。QUALIAは市販商品であると同時に、社内技術の揺籃でもありました。製品化することで社内へ技術を広めるというシャワー効果を狙う意味も含まれていましたが、経営環境が選択と集中を強いる現状もありました。

 ソニーの創業者である盛田氏(盛田昭夫氏)と井深氏(井深大氏)はソニー製品に「ワクワク感」をもたらし、大賀氏はデジタル(とデジタルメディア)を使い、同様の感覚をユーザーにもたらしました。久夛良木氏は次の段階、「ネットワークを使ったワクワク感」を提供するのがソニーとして望ましかった姿ではないかと思います。

 ですが、それを実行に移す余裕が当時のソニーにはありませんでした。多大な貢献もしつつ、経営者としての顔しか見られなかったのが、彼にとっての2000年からの5年間でしょう。

――経営者としての枠にとらわれてしまっていたということでしょうか

麻倉氏: 偉くなってしまうと、体制の中に埋没してしまうのは仕方のないことでもあります。彼の持つ才能をいかすならば事業責任を持たせるよりも、そうした責任を超越しながら、技術的なリーダーシップを発揮させるのが理想ではなかったかと思います。強烈なリーダーシップを持つ彼が、間接的にしか指示を下せない状況になっていましたね。

 先見の明を持つ、先が見えるということはその実現に時間がかかることも意味します。ですが、結論と結果の提示が急がれる環境ではそうした才能は十分に活かされません。2000年からの5年間、ソニーは5%の経常利益を確保するため、将来に必要になるであろうコストを削減するような状況に追い込まれていました。そうなればモノ作りは近視眼的にならざるを得ません。そうした時代にトップになってしまったことが彼の不運だと言えるでしょう。

――経営者、技術者、革命家、実業家、さまざまな側面を持つ方ですが、素としてはどういった方なのでしょう

麻倉氏: 根っこにあるのは、技術者としての顔ですね。多忙な合間を縫って学会論文を読むなど探求心をなくさない人です。個人的にはディープなオーディオビジュアルマニアですね。1998年当時に150インチのホームシアターセットを導入していたのは私か、久夛良木氏ぐらいのものでしょう(笑)

 趣味趣向をバラしてしまうとですね(笑)、オーディオもビジュアルもハッキリ・クッキリのハイコントラスト指向の人。そのあたりは性格が出ているのかも知れません。

――曖昧さを嫌うということですか?

麻倉氏: そうだと思います。自身で考え抜いた結論を持っていますしね。ただ、人への接し方はとても上手で、幅広い意見を聞き入れる度量も併せ持っています。

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