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商業芸術におけるパトロンシステムの崩壊と再生への道小寺信良(2/3 ページ)

» 2007年08月22日 18時15分 公開
[小寺信良,ITmedia]

 人間の在り方も、それによって変化している。例えば以前は、「物知り」であることが尊敬の対象であった。物知りとは専門分野にのみ詳しい研究者を指すのではなく、博学であるという意味だ。マスメディアからランダムに投下される情報というのは、それにいつ出くわすかわからないわけだが、それらをことごとく記憶して整理し、いつでも人から聞かれたときに引き出せるという人が、重宝されたわけである。

 しかしIT革命以降は、「物知り」である必要はなくなった。わからないことはどんな些細なことでも、調べれば済むようになったからである。現在はむしろ情報へのアクセス手段を常備し、それを素早く操れる人、情報へのリーチスピードが尊敬の対象となっている。

 そのIT革命とやらのキーワードは、企業戦略やら設備投資やらといったことを語る際に重宝された言葉であったわけだが、それが人間に与えた影響とは、嗜好の拡散であったろう。

 かつての大ヒットというのは、必ずそれ以前のヒットを駆逐していった。したがって以前のものが好きだった人は、その情報が入手しづらくなり、また古くさいものとして扱われることに耐えられなくなり、半ば強制的に新しいヒットに「さらわれて」いったわけである。

 「流行に乗り遅れる」という焦りの感覚が霧散したのは、自分が好きでこだわっている事の情報が流行に関係なくいつでも手に入ることも、要因のひとつだろう。さらに同じ趣味を持つ仲間も、ネットワークの発達により見つけやすく、また実際に会合などに出る必要もないため参加しやすくなった。こうなれば、何が流行っていようが、周りのことは関係なくなっていく。

 大ヒットが産まれない背景というのは、情報の質や種類が変わったわけではない。それは情報伝達の方法が変わったからであると考えられる。

大ヒットが多様性を支えていた?

 こうして大ヒットが産まれなくなった現代においては、コンテンツ制作側の態度も当然変わっていかざるを得なくなった。1勝9敗ではなく、せめて3勝7敗ぐらいにならないか、あるいはそんなに大ヒットはなくてもいいから、全部がそこそこ負けないようにならないか。

 このような方針に転換してしまっては、新しいものにチャレンジする余裕が失われてしまう。企業がもともと持っていたパトロンシステムが、崩壊してしまったのである。音楽家でもあり、演奏家権利処理合同機構(MPN)代表幹事である椎名和夫氏の懸念も、このところにある。

 椎名氏は補償金問題などでとかく矢面に立たされる機会の多い人物だが、実際にお会いしてその背景を伺うと、演奏家が演奏家として食えなくなっている現状に対して、なんとか普通に生活できるぐらいの収益担保をシステムとして作れないか、というところに大きな苦悩を抱えていることがわかる。

 今の打ち込みとサンプリング中心の音楽の在り方を見れば、生演奏ができる音楽家の需要が、ほとんどないのが分かる。もはやスタジオミュージシャンという職種は、成立し得ないのである。

 それはもちろん、テクノロジーの進化によって淘汰されたという見方もできる。しかしその一方で、ビジネスの在り方が変質したことで、音楽そのものが変質したとも言える。それ以前はレコード会社が版権を買い上げる代わりに、「1勝9敗の論理」で多くの食えないアーティストの面倒を見ていたという、パトロンシステムが存在したわけである。

 しかし版権を音楽事務所が持つようになった結果、版権の所在が細かく分散してしまった。こうなるとなかなか、1勝9敗の論理は実践できない。事務所が版権を持つスタイルの発祥は古く、クレイジーキャッツ時代にまでさかのぼる。したがって1勝9敗の論理が崩壊したから、事務所が版権を持つようになったという流れではない。

 それに加えて大ヒットが産まれなくなった環境となったことで、音楽事務所はローコストでそこそこ当たりそうな音楽を生産するよう、アーティストに要求するようになっていった。そこで重宝されるのは、コンピュータを駆使してサクッとそこそこのものが作れる小器用な音楽家であり、よほどの大物でもない限り、プロ用のホンモノにこだわって大量の時間と費用を消費する職人気質の音楽家は、敬遠されてしまう。

 椎名氏がやろうとしているのは、権利処理システムを使ったパトロンシステムの復興ではないかと思える。

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