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5年後、放送には何が求められるのか小寺信良(2/3 ページ)

» 2008年02月04日 15時00分 公開
[小寺信良,ITmedia]

 ただ過去からずっと、圧倒的に足りないのはカメラではなく、編集設備である。そこのところは、「ハイビジョンカメラなどにより」とあいまいにせず、きちんと「ハイビジョンカメラ及びハイビジョン編集設備により」と明記すべきだろう。

 また悲しいことに、現在日本で主流のハイビジョンカメラ・カムコーダであるHDCAMは、フルHDで記録していない。画素数のみで言えば、民生機のほうがよほどフルHD化が進行しているという逆転現象が起きているのだ。さらに外部プロダクション制作進行、ポストプロダクション編集が主流の現在の番組納品形態では、編集プロセスすべてがハイビジョン対応であるかを、局側は把握できない。

 こういった歪みを抱える現行の制作プロセスにおいて、「ピュアハイビジョン」などという言葉を持ち出す虚しさも、指摘しておきたい。

消費者がテレビに求めるもの

 上記のピュアハイビジョンとマルチ編成の放送は、「デジタル技術の特性を生かした放送」という中で、特に名指しで言及されているものだ。しかし考えてみれば、デジタル放送の開始時には、これら以外にも視聴者参加型番組を行なうとか、テレビでショッピングできるとか、データ放送で調べ物ができるといった特徴をさかんにアピールしていた。デジタル放送になれば、インタラクティブになるというスローガンを掲げていたわけだ。

 その点に関して筆者は、以前から懐疑的であった。テレビの中の人だった経験からすると、放送事業というのはそもそも一方的に情報を振り下ろす業態であって、双方向であったことがない。せいぜい生放送中に、電話リクエストやFAXを受け付けていた程度の経験しかないのだ。

 インタラクティブになるということは、個々のニーズに応じたサービスを提供するということである。それは少なからず、個人情報を預かるという意味でもある。しかし放送局には、膨大な量の個人情報を管理できるスキルはない。そういうことは関連会社に丸投げで、過去には個人情報流出事件さえあった。

 今でもデジタル放送対応機器には、モデムポートとイーサポートが搭載され、リモコンには4色のカラーボタンがある。これらはすべて、「テレビはインタラクティブになる」という幻想の元に義務づけられた仕様だ。

 これらの機能が積極的に利用されることは、今後もないだろう。リモコンの4色ボタンに至っては、製品によってはレコーダーの機能ボタンに割り当てられてしまう始末だ。そもそも消費者はテレビに、インタラクティブ性など求めていないのである。

 ではハイビジョンとマルチ編成の比率に関してはどうだろうか。マルチ編成となると、画質はSDだが、3チャンネル分のコンテンツを用意しなければならない。正直なところ、HDとSDの番組制作費は大して変わらない。機材費には多少の差があるが、人件費が変わらないからである。

 そもそも突然仕事を3倍にせよと言われても、そう簡単にできるわけがない。従って放送局側としては、必然的にハイビジョン番組の比率を増やしたほうが楽、ということになる。

 一方で消費者側におけるマルチ編成のメリットは、コンテンツ数が3倍に増えるということである。もし総務省が本当にこの運用を円滑に進めたいと思うのならば、再放送比率の制限をもっと緩和する必要があるだろう。過去のテレビ番組でも、再放送を望むものは多い。再放送ならば他メディアへの二次利用ではないため、すでに権利処理のラインもできている。再放送比率の縛りがなければ、実務上は難しい話ではない。

 放送コンテンツの二次利用は強く望まれるところではあるが、放送の中で再利用が進めば、消費者としてはつまらないハイビジョンの新番組を提供されるよりもむしろ、歓迎されるかもしれない。

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