オーディオの世界というのは、時代に合わせたセオリーがある。例えばスピーカーの置き方ひとつでも、セオリーは変わってきた。筆者が中学生ぐらいのころは、スピーカーはまっすぐ正面に向けて置くというのが常識だった。だが今は、リスニングポイントに少し向けるというのが常識になっている。
それというのも、昔は容積の大きな3ウェイスピーカーがオーディオの中心だったこともあって、部屋を鳴らすという感覚だった。ニアフィールドという概念がなかったのである。しかし90年代にブックシェルフ型でも上質のものが出てきて以来、セオリーも変わってきた。
一番オーディオのセオリーをダメにしたのは、実は安易なサラウンドセットだったのではないかと思う。なにせ部屋に6つもスピーカーを置くとなると、高さがそろわなかったり、そもそも同心円状に配置できなかったりする。それでも後ろに置けばそっちから音は聞こえるので、なんだか分からないがとにかく適当に置いていればなんとかなる、といった感じになってしまった。
2chステレオでも、スピーカーを空いてる棚に適当に置くということが、日常的になされているようだ。それはインテリアとしてスピーカーを飾っているアパレルや飲食店のレイアウトを見て、そういうものだと思ってしまったりということもあるだろう。それ以上に、そういう基本的な情報を人とやりとりすることもなくなったということも、ひとつの問題である。
今回のmy-musicstyleでは新しい試みとして、初日にオーディオ談義やレクチャーの時間を設けた。接続の基本として、わざと逆相で聴かせたり、スピーカーを段違いに設置したものと基本通り設置したものを聞き比べるなど、さまざまな実験を行った。多くの人は、スピーカーを置く位置で音が変わるということに、素朴な驚きを感じたようだ。
黒江氏: 「オーディオってなんでも『ものは試し』だと思うんですよ。比べて違わないと思ったらそれでいいし、違うと思ったらそれでいいし。このイベントではそういう体験の連続というのを、無料で気軽に、わざわざ『聖地』に足を踏み入れなくてもできる。オーディオって高いかもしれないけど、聞き比べたら良かったと言ってくれたらそれでいいと思っています。あとは自分で調べたり興味を持って、いいお店に行ってくれたりしてくれたらうれしい」
そう、オーディオはいつの間にか、高いものになってしまった。例えば15万円のオーディオセットを、気に入ったからローンでも買うというモチベーションは、今どきあまり期待できない。その一方でデジタル一眼レフカメラなどは、レンズセット一式15万円なりが女性に人気だったりもする。オーディオ製品に対する値ごろ感が、いつのころからか崩壊してしまった。
黒江氏: 「打ち上げの席でも業界の重鎮から、『オーディオ業界このままじゃだめだ、若い子がこんなに頑張ってるんだから、オレたちはプッシュしなくちゃいけないし、少なくとも邪魔しちゃいけない』みたいなことを言ってもらえた。変わっていっているという手応えは少しずつ感じています」
オーディオというのは、正面からそれに打ち込むといった趣味ではなくなってきた。しかし音楽自体はiPodなどの登場と普及を経て、旧ウォークマン時代よりもさらに身近なものになっている。街を歩いていても、多くの人が耳にイヤフォンを突っ込んで歩いているのは、もはや異様な光景とは言えなくなった。
イヤフォンやヘッドフォンも、オーディオのとっかかりとしては十分だ。しかしそれを空中に音をまく方のオーディオの世界にいかに導線を繋いでいくかが、今後の課題となる。それをやるのは、少なくとももうオジイチャン世代のオーディオ評では無理ということなのだろう。
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